『カラマーゾフの兄弟』 ドストエフスキー その1 (書評・近藤慎太郎)

古典文学と聞くとみなさんはどんな印象を持っていますか?

 

難解。

訳が古臭い。

段落の区切りが少ない上に、字が小さくて読みづらい。

 

といったところではないでしょうか?

少なくとも、私はそう思っています。

 

古典、その中でも特に哲学的な作品というのは一部の知識階級の「知的遊戯」としての側面も持っていたようなので、意図的に難解に書かれている部分もあるでしょう。

おまけに作品が書かれた当時の社会情勢や常識、あるいは聖書についての一般的な素養を要求するものも多々あり、私をふくめて一般的な日本人が十全に理解するというのは、なかなかハードルが高いことだと思います。

 

さらに、書籍に求められている役割というのも変容していきました。

 

やることが多くて忙しい現代人にとって、読書というのはしばし現実逃避をして、カタルシスを得るための娯楽という側面が大きいのです。しかも音楽とか映画、ゲームなど、その他の競合するコンテンツがひしめきあう中での選択肢の一つに過ぎません。

 

「生とは?」

「死とは?」

「私たちはいかに生きるべきか?」

 

そんな重いテーマについて思索を深めるために読書をするわけではないのです。

 

日本人というのは世界でも有数の活字好きだと思いますが(欧米の大きな都市であっても、本屋の少なさ、小ささには驚きます)、そんな日本人であっても、難解な文章をウンウン唸りながら読み進めるなんて、ごく一部のよっぽどの本好きの方に限られるでしょう。

 

しかし。

以上を踏まえた上でもなお、時間の試練を経て生き残ってきた古典を読まないということは、極めてもったいないことだと思います。

古典が古典たりうるのは、そこにそれだけの要素があるからです。

現代の書籍と違って、古典はごくごく一握りの選ばれた人間が、思索と推敲を重ねに重ねて作り上げたものなのです。

そんな先人たちのまさに知的財産と言うべきものを、やすやすと放棄してしまっていいのでしょうか?

 

私たちは目に見える形の財産に限っては、喜んで継承しています。たとえば建造物、自然、文化、科学などといったものです。

その一方で、先にあげたテーマのように、精神的なもの、抽象的なものは驚くほど世代間で共有されていません。

「たとえば哲学や心理学といったものは過去を継承して発展しているのではないか?」

という反論もあるかもしれません。しかし、それはあくまでそれを専門にしている人たちの中で継承されているだけであって、大多数の一般人の生活に落とし込まれているわけではありません。

 

もちろん精神的・抽象的なものは時代によっても個人によってもふさわしい形が違うから、そもそも継承しにくいという側面はあります。それでもなお、やっぱり人が人として生きるうえで、立場の違いを超えて変わらない本質的なものもあるはずです。なぜそれにまつわる叡知というのはほとんど蓄積されていないのでしょうか。

人間は同じ場所でずーっと足踏みを続けているように思えるのです。

 

「生とは?」

「死とは?」

「私たちはいかに生きるべきか?」

そんな疑問を解消する、とまでは言いません。しかし、ちょっと先まで見通すことができるようになるヒントが、古典の中にはあると思います。

忙しさの中で自分を見失いそうになるとき、古典を読むことによって、「同じ問題意識を持っていたんだな」と思ったり、「なぜ現代とこんなに違うのか」と考えたりすることによって、優れた先人たちに今の自分の立場や価値観を一時的に相対化してもらうことは、非常に有益なことだと思います。

 

古典には優れた効用がある。それは間違いありません。

しかしここでやはり、最初に戻ってしまいます。

 

難解。

訳が古臭い。

段落の区切りが少ない上に、字が小さくて読みづらい。

 

といった問題が再浮上してきてしまうのです。

これをどうすればいいのでしょうか?

(つづく。すみません、『カラマーゾフの兄弟』までたどり着きませんでした…。) 

食道がんは、ほかの臓器にがんを合併しやすい!

1.食道がんはどうやって見つかっているのか?

 

さて、食道がんを見つけるための画像検査は何を受ければいいでしょうか?

食道のチェックに特化した検査というのはほとんどなく、以前に解説したとおり胃がん検診で胃のチェックと同時に食道のチェックをしています。つまりバリウム検査と胃カメラです。

 

 

以前から「胃がん検診をピロリ菌や胃炎に関わる採血項目で代用する」という考え方があり、一部の市区町村では導入されつつあります。

それはそれで理にかなっている部分もあるのですが、その場合は食道のチェックは全く行われないことになります。

胃がん検診が食道がん検診を兼ねている現状を考えると、やはり胃がん検診にはバリウム検査や胃カメラなどの画像検査を続けた方がいいのです。

 

胃がんと同様に食道がんも早期の場合は無症状です。報告によると、早期の食道がんの場合、56.9%の方が無症状でした。(注1)

また胸がつかえる、胸が痛いなど何らかの症状がある場合は、その85.8%がすでに進行した食道がんでした。

やはり、症状がでてからでは遅いのです。無症状の段階からの積極的なチェックが重要であることが分かります。

 

そして、食道がんを早期に発見するためには、バリウム検査よりも胃カメラの方が優れています。

もともと早期の食道がんは非常に見つけづらく、NBIなど光学的な技術にサポートしてもらってなんとか見つけているというのが現状です。「バリウムが食道をサッと流れた時に数枚レントゲンを撮る」というバリウム検査では、やはり不十分なのです。

実際に、早期の食道がん85.0%胃カメラで見つかっており、バリウム検査で見つかっているのは11.2%に過ぎません(注1)。

 

食道がんの手術は体への負担が大きいので、内視鏡で治療できるような早期がんの段階で発見する必要性が、胃がんや大腸がんよりもずっと切実です。

バリウム検査が有用ではないということでは決してありませんが、特にアルコール過飲や、タバコ、逆流性食道炎など食道がんのリスク因子がある方は、バリウム検査より胃カメラを優先した方が安全でしょう。

 

2.食道がんは、ほかの臓器にがんを合併しやすい!

 

食道がんにはもう一つ重要な注意点があります。

それは食道がんができた場合、ほかの臓器のがんが合併する可能性が非常に高いという事です。これは食道がんがほかの臓器に転移しているという事ではなく、全く別のがんが生じるという事です。

 

報告によると、全食道がんの18.9%に重複がんを認め、特に1.4%は3つ以上のがんが重複していたとのことです!(注1)

驚くべき数字だと思います。重複がんの種類として頻度の高いものは、胃がん(36.3%)、咽頭がん(13.4%)、大腸がん(12.1%)、肺がん(6.5%)などが報告されています。

 

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なぜ合併しやすいのかは明らかではありませんが、食道がんとそのほかの臓器のがんが、タバコとアルコールという影響力の強いリスク因子を共通点として持っているからだと思います。

つまり、タバコやアルコールが一方では食道がんを発症させ、また一方ではそのほかの臓器のがんを発症させ、結果として両者が合併することが多い、ということなのだと思います。

 

ほかの臓器のがんは食道がんと同時にできているかもしれませんし、将来的にできるのかもしれません。まんがいち食道がんと診断された場合は、そのほかの臓器にもがんがないかどうかを慎重にチェックし続ける必要があるのです。

 

さて、食道がんは今回でおしまいで、次回からは大腸がんを解説いたします。次回は2017年1月19日に掲載予定です。

みなさま、よいお年を!

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)

 

(注1)Comprehensive Registry of Esophageal Cancer in Japan 1998-1999

意外と怖い逆流性食道炎

1.逆流性食道炎って?

 

最近各種メディアで取り上げられることも多いので、逆流性食道炎という病名を聞いたことがある方も多いかと思います。

逆流性食道炎は、胃から分泌される胃液が食道に逆流することによって生じます。

 

胃液は胃の中に入ってきた食事内容と混ざり合い、消化を助けながら十二指腸の方に流れていきます。本来、胃液は胃より奥の臓器の方向にしか流れないはずのですが、様々な理由で食道の方に逆流することによって、主に下部食道(胃に近い部分)に炎症を起こしてしまうのです。

 

症状としては、酸っぱい胃液が上がってくる感じ、胸やけ、胸痛、ゲップ、食欲低下などが挙げられます。

また逆流した胃液が気管の方に入ることにより、慢性的に咳が出たり、喘息の様な症状が出たりするケースもかなりあります。咳や喘息などの症状があると呼吸器(肺や気管支)に問題があると考えがちですが、原因のはっきりしない呼吸器症状が続く場合は、逆流性食道炎の可能性を考慮する必要があります。

 

逆流性食道炎が引き起こす症状は多岐にわたり、時に重症になりえるので、QOL(生活の質)を著しく落としてしまうことがあります。

 

 

2.逆流性食道炎から発がんする!

 

そして逆流性食道炎が何より問題なのは、以前に解説したとおり、食道がんのリスクになるということです。(注1)

 

 

慢性的に炎症が続いている場所では発がんのリスクが上昇してしまいます。これは、ピロリ菌による胃炎から胃がんが生じることとまったく同じです。

 

欧米では、逆流性食道炎から発症する食道がんが増えていることが深刻な社会問題になっています。

逆流性食道炎が強く関与していると考えられているのは、食道がんの中でも「腺がん」というタイプであり、実際に欧米では食道がんの50%以上が「腺がん」です。(注2)

 

では日本の場合はどうかというと、食道がんの大部分(90.8%)が「扁平上皮がん」という別のタイプで占められており、「腺がん」は食道がんの3.9%にすぎません。(注3)

この結果から、現状では日本の食道がんにおける逆流性食道炎の関与はまだ少ないと考えられています。しかしまだ安心はできません。食生活の欧米化に伴って、近年日本でも逆流性食道炎の方が非常に増えています。今後、食道がんのうち腺がんが増えてこないかどうか、注意深く見守っていく必要があるのです。

 

 

3.逆流性食道炎を予防するためには

 

さて、逆流性食道炎になる原因はいくつかあります。

暴飲暴食すれば胃の内圧が高まって内容物が逆流してきますし、過度の肥満があると内臓脂肪によって胃が圧迫されてやはり内容物が逆流します。

 

本来胃と食道のつなぎ目は、下部食道括約筋という筋肉で閉まるようになっていますが、その圧力を下げて胃液を逆流しやすくさせてしまう要素がいくつかあります。たとえば脂肪の多い食事チョコレートコーヒーなどカフェインを含むもの、タバコは圧力を下げるといわれています。もちろん、一切食べてはいけないという事ではありませんが、これを食べると胸やけが起こりやすいなど心当たりがある場合は、量を控えた方がいいでしょう。

 

また、特に注意していただきたいのは夜遅い時間の食事です。食事をしてからすぐ横になって寝てしまうと、逆流を防ぐ方向に働く重力の影響がなくなって、胃の内容物が食道に逆流しやすくなってしまうのです。

胃液の分泌は1日のうちでも就寝中の夜間に最も活発になりますので、夜遅い食事がそれをさらに増強させてしまうのです。少なくとも食後3時間はあけてから就寝するようにしてください。

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(文・イラスト 近藤慎太郎)

 

(注1)Lagergren J, et al. Symptomatic gastroesophageal reflux as a risk factor for esophageal adenocarcinoma. N Engl J Med. 1999;340:825-31.

(注2)Trivers KF, et al. Trends in esophageal cancer incidence by histology, United States, 1998-2003. Int J Cancer. 2008;123:1422-8.

(注3)Comprehensive Registry of Esophageal Cancer in Japan,2006

「アルコール」×「タバコ」の破壊力

1.どれぐらいリスクを上げるのか?

 

「アルコール」と「タバコ」の2つが食道がんのリスク因子であることは多数の報告があり確実です。そして特筆すべきはそのリスクの大きさです。アルコールもタバコもたしなまない人に比べると発がんのリスクは、

アルコール4.6倍、タバコ2.6倍(注1)

アルコール5.5倍、タバコ3.1倍(注2)

など、おおむねアルコール多飲者で5倍前後、喫煙者で3倍前後と報告されています。

 

これだけでも十分突出したリスク因子と言えますが、両方が重なると更にリスクが跳ね上がります。報告によってばらつきがあるものの、

男性で17.0倍(量が多い場合は50倍以上)、女性で7.3倍(注3)

男女合わせて30倍(注4)

などの結果が出ています。

 

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また、42408人を経過観察したところ196人が食道がんで亡くなり、その中でアルコールもタバコもやらない人は7人(3.6%)しかいませんでした。(注5)

リスク因子の影響がいかに大きいかを示しています。

 

アルコールの量、タバコの本数が増えれば増えるほど急激にリスクが上昇することが分かっていますので、心当たりがある方はくれぐれもご注意ください。

 

2.食道がんは一次予防の効果が高いがん

 

食道がんをどれだけ早期に見つけることができるかというのは、胃カメラの性能や術者の技量に負うところも大きいかもしれませんが、それでもやはり理論的には「治る」がんです。

 

また食道がんは、数あるがんの中でも生活習慣の影響が極めて大きいがんです。そしてそれは、裏を返せば一次予防の効果が非常に高いがんであるということです。

食道がんリスクを禁煙10年で50%、禁酒10年で40%減らせることが分かっています。(注6)

 

一次予防によって食道がんになるリスク自体を減らすことができるのですから、それも「治る」がんと呼ぶための重要な資質の一つと言えるでしょう。

 

3.意外と怖い逆流性食道炎

 

最近各種メディアで取り上げられることも多いので、逆流性食道炎という病名を聞いたことがある方も多いかと思います。

逆流性食道炎は、胃から分泌される胃液が食道に逆流することによって生じます。(つづく)

(文・イラスト 近藤慎太郎)

 

(注1)Steevens J, et al. Alcohol consumption, cigarette smoking and risk of subtypes of oesophageal and gastric cancer: a prospective cohort study. Gut. 2010 ;59:39-48.

(注2)Islami F, et al. Alcohol drinking and esophageal squamous cell carcinoma with focus on light-drinkers and never-smokers: a systematic review and meta-analysis. Int J Cancer. 2011;129:2473-84.

(注3)Castellsagué X1, et al. Independent and joint effects of tobacco smoking and alcohol drinking on the risk of esophageal cancer in men and women.  Int J Cancer. 1999;82:657-64.

(注4)Takezaki T ,et al. Subsitespecific risk factors for hypopharyngeal and esophageal cancer(Japan). Cancer Causes Control 2000;11:597-608 ,

(注5)Yaegashi Y, et al. Joint effects of smoking and alcohol drinking on esophageal cancer mortality in Japanese men: findings from the Japan collaborative cohort study. Asian Pac J Cancer Prev. 2014;15:1023-9.

(注6)Castellsagué X1, et al. Independent and joint effects of tobacco smoking and alcohol drinking on the risk of esophageal cancer in men and women. Int J Cancer. 1999;82:657-64.

食道がんは、男性というだけで要注意?

1.食道がんになった著名人は…?

 

著名な方が食道がんに罹患したというニュースを、時々目にすることがあります。どんな方がいるでしょうか?

 

漫画家の赤塚不二夫さん

落語家の立川談志さん

指揮者の小澤征爾さん

歌手の桑田佳祐さん

歌舞伎役者の中村勘三郎さん

などが有名です。

 

この方たちは全員男性です。

みなさんの周囲にも食道がんにかかったという方がいるかもしれませんが、男性の方が多いのではないかと思います。食道がんの患者数は、男性が女性よりも5倍以上多いと報告されています(がん情報サービスより)。

男性であること自体が食道がんのリスク因子なのでしょうか?

 

その可能性もありますが、実は男性に多い生活習慣が食道がんのリスク因子になっているので、結果的に食道がんが男性に多くなってしまっているのです。

では男性に多い食道がんのリスク因子は何なのかというと、「アルコール」「タバコ」のツートップです。

 

もちろん女性で「アルコール」と「タバコ」の両方を嗜むという人も決して珍しくありませんが、やはり絶対数で言えば男性に比べて少ないでしょう。

この2つはそれぞれが独立したリスク因子ですが、両方重なっている場合にはさらに発がんのリスクが増します。その相乗作用の強さは、がんの中でも際立っています。

 

またその他、逆流性食道炎食道がんのリスク因子であることが分かっています。

 

 

2.やっぱりアルコールも有害なのか?

 

「アルコール」は「タバコ」と並んで、生活習慣の中でも特に影響力の強いリスク因子です。

アルコールも肝臓がんとの関係だけがクローズアップされていて肝臓がんにしか影響しないと誤解されがちですが、適量を超えて飲酒すると、

「口腔がん」、

咽頭がん」、

喉頭がん」、

食道がん」、

「大腸がん」、

「肝臓がん」、

「乳がん」、

計7種類のがんのリスクを高めることが分かっています。

 

今の7種類のがんの中に、「胃がん」が含まれていないことに気づきましたか?

実は、アルコールが胃がんのリスクを上げるという確証は今のところ得られていません。少し意外な気もします。ただし、飲酒するとアルコールが流れていく「口腔」、「咽頭」、「食道」「大腸」など消化管のがんのリスクが軒並み上がっているので、消化管の一部である「胃」も、全く影響を受けないと考える方が不自然かもしれません。

 

 

3.適量って…?

いずれにしても、食道がんを含め、その他のがんの一次予防としてアルコールはとても重要なので、飲酒は適量にとどめることが大事だと思います。

 

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(文・イラスト 近藤慎太郎)

食道がんは本当に「治る」がんなのか?

1.食道がんの5年生存率は?

 

今まで「食道がんは治療が難しくて治りにくい病気」と言われてきました。

それはある程度正しい認識です。前回の冒頭でも、食道がん手術は体の負担が大きいと説明しました。

 

 

そんな食道がんを、本当に「治る」がんと呼んでいいのでしょうか?

 

国立がん研究センターが発表しているステージⅠ期の5年生存率は、胃がん、大腸がんともに95%を超える非常に高いものでした。

では食道がんはどうかというと、実は85.4%に留まっていますことさらに低いともいえない数値だとは思いますが、胃がんや大腸がんに比べるとやや見劣りがしてしまうかもしれません。これでは「治る」がんというのには不十分じゃないかと思われる方も多いでしょう。確かにこの数値だけを見ればそうかもしれません。しかしそれでも食道がんが「治る」がんなのだと私が主張するのには理由があります。

 

2.ステージはIから始まるという誤解

 

がんのステージ分類はIから始まってⅣで終わると誤解されがちですが、実は0から始まるものが大多数です。

食道がんの場合も、粘膜の中でも粘膜上皮というごく表面とどまるがんの場合は0期に分類するという国際的なルールになっています。この0期のデータが入っていないので、I期のデータである85.4%だけを見ると、食道がんの5年生存率が比較的低めになっていると感じるのです。

なぜ0期のデータが入っていないのでしょうか?

 

それには様々な理由があると思います。

早期の腫瘍の場合、「がんのギリギリ一歩手前の良性腫瘍なのか、それを一歩超えたばかりのごく早期のがんなのか」という判断は、専門の医師の中でも意見が分かれることがあります。特に、胃がんなどは日本と欧米で診断基準すら違います。

0期というのはそのような判断の難しいグレイゾーンのデータなので、あえて入れていないのかもしれません。

 

また、このデータは2004年から2007年の間に診断されたがんを元にしていますが、一般論として、その当時に0期の食道がんを見つけるということは内視鏡専門医でもなかなか難しいことでした。

 

がんというのは大きく盛り上がっていたり陥凹したりして形態上の特徴が明らかであれば診断しやすいのですが、早期の食道がんの場合はそうではなく、「よくよく見ると周囲の正常粘膜と比べて色調が少し違う程度」ということが多々あります。

このため、よほど注意深く観察しないと0期の食道がんは見つからなかったのです。

 

3.進化する食道がん診断

 

早期の食道がんを見つけるための工夫として、以前はヨード液を食道に散布して観察するという方法を用いていました。正常粘膜と食道がんのヨード液に対する染まり方の違いを利用して診断する方法です。

今でもこの方法は有用なのですが、ヨード液は刺激の強い液体で、食道に散布すると強い胸やけが生じることがあります。そのため患者さんからの苦情も多いですし、散布にも手間がかかるので、あるかどうかわからない食道がんのチェックのために、ルーティンとして全員に行うというわけにはいきませんでした。

 

しかしNBI(Narrow Band Imaging)という画期的なシステムが開発されてから状況が劇的に変わりました。

原理の詳細な説明は避けますが、内視鏡の先端から特殊な光を食道に当てることにより、がんの部分だけ色調を変えて目立たせることができるのです。

内視鏡についているボタンを一つ押すだけで、通常の観察よりも飛躍的に多くの早期食道がんを見つけることができるようになりました。(注1)

 

現在ではNBI以外にも様々な光学的な技術が開発され、それぞれが早期食道がんの発見に貢献しています。最終判断のためには依然としてヨード液を撒く必要性がありますが、患者さん全員に何の苦痛も与えずに食道がんのチェックができるというメリットは非常に大きいのです。

 

こういった機器が導入され、0期で発見される食道がんが増えれば、当然完治が増え、その分I~Ⅳ期の食道がんが減るはずです。そしてその結果、食道がんの全体的な5年生存率は改善されていくでしょう。

 以上の理由から、私は食道がんも「治る」がんだと考えますし、今後の死亡率の減少を強く期待しています。

 

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(注1)Muto M et al. Narrow-band imaging combined with magnified endoscopy for caner at the head and neck region.Dig Endosc. 2005 17 Suppl S23-24

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

なぜ今、食道がんに注目しなくてはいけないのか

1.前回までのおさらい

 

さて、少し間(あいだ)があいてしまいましたが、がん検診の話を再開したいと思います。

 

胃がん検診についての最後のブログで、「胃カメラの方がバリウム検査よりも明らかに優れている点は、食道を詳細に観察することができること。」と述べました。

 

 

とはいえ逆の見方をすると、食道がんのリスクが極めて低ければ、胃カメラに固執しなくてもいい、ということもできるでしょう。

いずれにしても、適正な胃がん検診について議論をするためには、下準備として食道がんについて明らかにする必要があるということが分かりました。

 

今回からは、食道がんについて詳しく解説していきたいと思います。

 

 

2.食道の役割は?

 

食道は口と胃を結ぶ、円筒形の臓器です。

食道は粘液を分泌して、ゴックンと飲み込んだ食事をスムーズに胃に送り込む役割があるだけで、実は食事内容の消化・吸収にはほとんど関わっていません。ではなぜ食道という臓器が必要なのでしょうか?

 

胃や小腸、大腸といった大部分の消化管は腹腔(お腹の中)に収納されていますが、食道は胸腔(胸の中)にあります。胸腔にはほかにも心臓や肺、太い血管といった生命維持に欠かせない重要臓器がたくさんあり、スペースの余裕はありません。そのため食道には、口と腹腔をつなぐ「廊下」の役割があるのです。

 

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3.食道がんの手術は体への負担が大きい

 

しかし食道が胸腔にあるという事実が、食道がんの手術をする場合に、リスクを大幅に上げる原因となっています。

 

例えば胃がんや大腸がんの手術をする場合、開腹であっても腹腔鏡であっても腹腔の中だけで全ての手術操作が行えます。しかし食道がんの場合は話がより複雑です。まず胸腔にある食道を切除して取り出し、次に無くなった食道のスペースに、腹腔にある胃を胸腔まで持ち上げてきて食道の代わりをさせます。この一連の処置を行うために、場合によっては頸部、胸腔、腹腔の3か所を開ける必要があるのです。

 

手術範囲が広くなればなるほど時間がかかりますし、手術に伴うリスクも増加します。また術後に感染を起こした場合には、心臓や肺など重要臓器が近くにあるため重篤になりやすいのです。

 

食道がん内視鏡的に治療できる早期に見つかることが望ましいのはもちろんですが、手術になった場合の体への負担を考えると、早期発見の必要性は胃がんや大腸がんよりも更に切実といえるでしょう。

 

 

4.なぜ今、食道がんに注目しなくてはいけないのか

 

食道がんの患者数は、男性6位女性19位と報告されています(がん情報サービスより)。圧倒的に男性に多いがんだということが分かります。

また、食道がんの死亡数は男女合わせて11576人と報告されており、胃がんの死亡数47903人と比べると、だいたい1/4弱ということになります(平成26年度死因簡単分類別にみた性別死亡数より)。

 

本ブログの趣旨は、より多くの人に有益であるように「患者数の多い」、「治る」がんを取り上げるという事でした。

食道癌は患者数、死亡数から言えばむしろ少ない方ですが、胃がん検診について議論するために取り上げる必要があるということは前述しました。

そしてさらに、以下の理由からも食道がんに注目する必要性があると考えました。

1.やはり「治る」がんである

2.一次予防の重要性が極めて高い

3.患者数が増加する可能性が高い

特に2,3は非常に大事なポイントといえるでしょう。(つづく)

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)