なぜ胃がんと大腸がんを重視するのか?

1.がんになる割合とがんで亡くなる割合を比べると…?

では、一体どういうがんが治っているのでしょうか?
ここで臓器別に考えてみましょう。日本における、臓器別のがんの
罹患率=がんになる方の数(注1)」と「死亡率=がんで亡くなる方の数(注2)」を比べてみましょう(図1)

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図1(2011男女合計 罹患率 ①胃52.6 ②大腸51.6 ③肺42.9
死亡率 ①肺24.6 ②胃17.6 ③大腸16.3)

 

頻度の逆転現象が起きているのがお分かりだと思います。
男性の罹患率をみると、上から胃がん、大腸がん、肺がんの順ですが、死亡率は肺がん、胃がん、大腸がんの順になっています。つまり、胃がんや大腸がんは肺がんと比べて、「患者数が多い」のに、「死亡数が少ない」のです。これは、胃がんや大腸がんの患者さんの一部が「治っている」ことを示しています。

 

2.本当に胃がんや大腸がんは治るがんなのか?

前回、「発見しやすく、治療のしやすい臓器にできた比較的おとなしいがんであれば、がんは治る。」と述べました。
では胃がんや大腸がんはこの条件に当てはまるでしょうか?
がんの中には、早期に見つけるのが非常に難しく、とても速いスピードで進行するがんというものもあります。しかし胃がんや大腸がんの大部分はそうではありません。何年も時間をかけて、ゆっくり育っていくものがほとんどです(注3)。

 

発見のしやすさはどうでしょうか?
詳しくはもう少し先で説明しますが、胃や大腸のがんを見つける検査はいくつかあり、一長一短はあるものの、それぞれ有用です。検査によって早期がんもたくさん見つかっているので、胃がん、大腸がんは発見しやすいがんなのです。

 

また、治療のしやすいがんでもあります。
胃がんや大腸がんなど消化管のがんは他の臓器のがんに比べて、比較的体に負担をかけない手術方法で切除することができるのです。

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図2(出典:日本消化器外科学会 - 膵臓の病気)

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図3(出典:日本消化器外科学会 - 大腸の病気)

図2、図3をご覧ください(日本消化器外科学会HPより)。例えば膵臓がんの場合、がんを含んだ膵臓、胆のう、胆管と十二指腸の大部分を切除した後に、膵臓、胆管、胃を小腸に吻合するという、実に大がかりで複雑な手術になります。
その一方、大腸がんの場合は、病変部位を切除したのち、大腸の断端同士を吻合すればいいだけです。もちろん、細かいリスクは色々あるものの、どちらが体に負担が少ないかは直感的にお分かりいただけると思います。

 

そしてさらには、一定の条件を満たした早期がんであれば、体にメスを入れずに内視鏡という医療機器でがんの部分を薄く剥離するだけで完治させることもできます。その場合は外科手術と違って胃や大腸の機能はほぼ100%温存されており、体に傷もついていません。いわば「何もなかった状態」に戻るわけですから、そのメリットは極めて大きいのです。

 

以上のように、必要とされる条件がしっかり揃った胃がんと大腸がんは、確かに「治る」がんなのです。

 

また、ここで大事なポイントは、図1で見たとおり、胃がんと大腸がんの患者数が多い、ということです。
いくら「治る」がんなんだと言っても、頻度の少ない珍しいがんであれば、個人的にも社会的にも「恩恵はあまりない」ということになってしまうでしょう。
一方、患者数が多いということは社会的なインパクトが大きいうえに、単純に「自分もなる可能性が高い」ということです。つまりがん対策で大事なことは、「患者数の多い治るがんから重視して対処していく」ということです。

 

それでは次に、胃がんや大腸がんになってしまったとしたら、どれぐらい治るのかをみていきます。(つづく)

 

注1
日本の人口10万人のうち、1年間で新たにがんになる割合。年齢調節ずみ。地域がん登録全国推計値より。
注2
日本の人口10万人のうち、1年間でがんで亡くなる割合。年齢調節ずみ。厚労省人口動態統計より。
注3
Fujita S. Biology of early gastric carcinoma. Pathol Res Pract. 1978 Dec;163(4):297-309.

文・イラスト 近藤慎太郎