胃がんが減っても食道がんが増える!?

1.ピロリ菌が陽性だったらどうすればいいのか?

 

タバコががんのリスク因子であれば、禁煙することによって発がんのリスクを下げることができます。

では、胃がんのリスク因子であるピロリ菌に感染している場合はどうすればいいのでしょうか?

 

この場合には除菌と言って、薬を飲んでピロリ菌を体から駆除することを検討します。

ただし厳密にいうと、

「ピロリ菌が胃がんの原因である」からと言って、

「ピロリ菌を除菌すると胃がんのリスクがなくなる」というわけではありません。

ここはとても誤解されやすいポイントです。

 

前回解説したように、ピロリ菌感染はほとんどが5歳ぐらいまでの幼少期に起こっています。

その後、何十年もの時間をかけて

「ピロリ菌感染」

  ↓

慢性胃炎

  ↓

胃がんのリスク増大」

という流れが胃の中で進行しています。

 

何十年も前にすでにスイッチが押されてしまっているので、

そもそもの原因のピロリ菌の除菌を今行ったとしても、進行した変化を一夜にして無かったことにはできません。

うまいアナロジーが見つからなかったのですが、あえてたとえるとすると、

「ゆで卵を冷やしても生卵には戻らない」ようなものです。

 

結局、発がんのリスクをまったくのゼロにすることはできません。

とはいえ、ほうっておけば今後も発がんリスクは増大する一方ですし、

除菌をすれば発がんリスクを「ゼロにする」ことはできないものの「下げられる」と考えられています。

 

 

2.ピロリ除菌はどれぐらい有効なのか?

 

それでは除菌によってどれぐらい発がんリスクを下げられるのでしょうか?

図は日本人を対象にした有名な研究の結果で(注1) 、ピロリ菌の除菌の意義を説明するためによく使用されています。

 

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横軸が経過年数で、縦軸が累積の発がん数です。

赤いグラフが除菌をしなかったグループで、スミレ色のグラフが除菌をしたグループです。

明らかにスミレ色のグループの方が発がん数が少ないことが分かります。

この論文では、ピロリ除菌を行ったことにより、その後の発がんリスクを約65%減らすことができたと報告しています。

 

普通、「65%も減るなら、やった方がいいな。」と思いますよね。

確かにこの論文は非常にインパクトがあり、ピロリ除菌の保険適応を拡げる上で非常に重要な役割を果たしたのですが、実は残念ながらみなさんのほとんどは65%減少に該当しません。

その点を誤解している医師もたくさんいるので注意が必要です。

 

どういうことかというと、この研究は「一度胃がんができて治療をした人」が対象になっているのです。

そういった人を除菌したら、2個目のがんができる頻度を減らすことができた、という内容です。

それが何を意味するかというと、

「ピロリ菌感染→慢性胃炎胃がんのリスク増大」という流れの中で、

慢性胃炎までにとどまっている人」に比べると、

「すでに一度発がんしている、発がんのリスクが一段階高い人」が対象になっているのです。

「リスクが高い」ということは、イコール「除菌による恩恵を受けやすい」ということなのです。

つまり、リスクが慢性胃炎レベルまでの人にとっては、そこまでの恩恵は見込めないのです。

 

では、多数派である慢性胃炎レベルの人は、ピロリ除菌によってどれぐらい発がんリスクを下げられるのでしょうか?

 

これは実はまだはっきりわかっていません。

 

「えっ、そうなの!?あんなに色んな所で宣伝されてるのに?」

と驚かれた方も多いと思いますが、残念ながら事実です。効果のほどについては「意味がない」というものも含めて、様々な報告がなされています。

ただしいまのところ専門家の間では、 およそ30ー40%発がんのリスクを減らせるのではないか、と見積もられています。(注2)

 

30ー40%と聞くと、「なんだ、たったそれだけか~」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、これは医療の世界では実は相当立派な数字なのです。

そしてこういった「転ばぬ先の杖」のような一見地道なことが、実はがん予防について一番賢明で、価値のある闘い方だと思います。

また、これはあくまで平均的にこれぐらいという数字です。年齢が若ければ若いほど、つまり慢性胃炎が軽ければ軽いほど、除菌のメリットは大きいと考えられています。

なぜなら、「ほとんど生卵」という正常に近い状態をこの先もキープすることができるからです。

 

 

3.除菌には副作用もありうる

 

さて、ここまでは除菌のメリットを解説しましたが、実は副作用などのデメリットにも目配りが必要です。

 

除菌をする場合には「抗生剤2種類」と「胃酸を抑える薬1種類」の合計3種類を1週間内服します。

それなりに強い薬ですので、下痢・軟便が10ー20%、味覚異常・口内炎が5ー15%、アレルギーによる湿疹が2ー5%あると報告されています。(注3)

 

またここで強調しておきたいのは、除菌によって逆流性食道炎になる可能性があることです。

 

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「ピロリ除菌で胃がんが減っても、食道がんになったら意味がない!」と思った方、その通りです。

でも、ピロリ除菌が食道がんにダイレクトにつながるわけではありません。その間にいくつか関所があります。

1.除菌で胃酸が増えても、それは「減っていた胃酸が正常に戻るだけ」であること。

2.ご飯が美味しくなっても、体重が増えないようにすること(これはごく一般的なことですね)。

3.もし逆流性食道炎になったら、胃酸を抑える薬でコントロールできること。

4.食道がんのリスク因子を避けること(一次予防。食道がんの各論でしっかり説明します)。

などです。

 

やっぱりどの立場からどの段階で考えても、一次予防の重要性というのは揺るがないようです。

(文・イラスト 近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

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注1

Fukase K, et al.; Japan Gast Study Group.

Effect of eradication of Helicobacter pylori on incidence of metachronous gastric carcinoma after endoscopic resection of early gastric cancer: an open-label, randomised controlled trial.  Lancet. 2008;372:392-7.

 

注2

Ford AC, et al.

Helicobacter pylori eradication therapy to prevent gastric cancer in healthy asymptomatic infected individuals: systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.

BMJ. 2014;348:g3174.

 

Li WQ, et al.

Effects of Helicobacter pylori treatment on gastric cancer incidence and mortality in subgroups.

J Natl Cancer Inst. 2014;106:dju116.

 

Wong BCY, et al.

Helicobacter pylori eradication to prevent gastric cancer in a high-risk region of China: A randomized controlled trial. JAMA 2004;291:187-94.

 

Ma JL, et al.

Fifteen-year effects of Helicobacter pylori, garlic, and vitamin treatments on gastric cancer incidence and mortality.

J Natl Cancer Inst. 2012;104:488-92.

 

注3

H.pylori感染の診断と治療のガイドライン 2016改訂版