『風の谷のナウシカ』 宮崎駿 (書評・近藤慎太郎)

よく、「努力に勝る天才(才能)はない」という趣旨の文章を目にします。

確かに自分の才能にあぐらをかいて努力を怠ってしまい、コツコツ頑張ってきた人に抜かされてしまう人がいるのも事実です。

しかしその一方で、溢れんばかりの才能があって、さらに最大限の努力までしている人も世の中にはいます。そういう人は当然その分野で突出した活躍をしており、この辺が限界点なのかなという領域を突き破り、私たちが認識できる世の中の枠組みを少し拡げてくれたりします。

日本人で言えば、イチロー宇多田ヒカル、そして今回取り上げる宮崎駿などがその代表だと思います。

 

宮崎駿は『ルパン三世カリオストロの城』、『風の谷のナウシカ』、『天空の城ラピュタ』、『となりのトトロ』、『千と千尋の神隠し』など、世界的にも有名なアニメーション映画を多数製作しています。

その他にもTVシリーズとして、『アルプスの少女ハイジ』、『未来少年コナン』などを手掛けています。また、ルパン三世のセカンドシリーズの最終話『さらば愛しきルパン』は宮崎駿が別名義で製作しているのですが、この話は30分番組とは思えないほど濃密で完成度が高いです。クラリスナウシカラピュタに出てくるロボットの原形が出てくるので、興味のある方はぜひ観てください。

  

ルパン三世 second-TV.BD-(26)(Blu-ray Disc)

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ちょっと興奮して脱線したようです。

 

さて、今あげたような宮崎駿の作品を一つも見たことがないという人は非常に稀だと思いますが、もし「宮崎駿=アニメーション」だけだと思っているとしたら、これは途轍もない大損をしています。

なぜなら、宮崎駿にはマンガ版の『風の谷のナウシカ』という、世界記憶遺産レベルの大傑作があるからです。

 

  

マンガ版の『風の谷のナウシカ』は『アニメージュ』という月刊誌で1982年から連載が始まりました。幾度も中断を挟みながら1994年、足掛け13年を掛けて完結し、全7巻の大型の単行本にまとめられています。

 

映画版の『風の谷のナウシカ』も、久石譲の素晴らしい音楽と相まって、グウの音も出ないほどの傑作ですが、分量としてはマンガ版の2巻の途中までをまとめたものにすぎません。しかも映画版単体で内容が完結するように、シンプルに再構成されています。

 

一方マンガ版では、トルメキア王国と対立する土鬼(ドルク)という勢力があり、2つの大国の覇権争いを軸にしながらストーリーが展開していきます。

そしてそこに、ナウシカに代表される小国の人々や、腐海に生きる人々の思惑、暴走する王蟲(オーム)や腐海の成り立ちの謎などが複雑に絡み合っていきます。

映画版だけでも十分素晴らしいのに、実はその先には、更に何倍も豊穣な世界が広がっているのです。

 

よく本作品は「エコロジーをテーマにしている」と解説されます。別に間違いではないでしょうが、手垢のついたその言葉だけで本作品を十全に評価することはできません。

 

なぜ人は環境を破壊しながらも戦争をやめられないのか?

不幸の連鎖は断ち切れるのか?

環境は人の敵なのか?味方なのか?

人は安寧を求めればそれでいいのか?

いかに生きるべきなのか?

 

重層的に提示されるテーマはいずれもまさに哲学的です。(つづく)