最近、北斗晶さん、小林麻央さんなど、乳がんと闘病中の方のニュースが盛んに報道されています。実際に乳がんの罹患率(がんになる方の数)、死亡率(がんで亡くなる方の数)は近年明らかに増加していて、社会的な関心も非常に高まっています。
本ブログでは「治る」がん、特に胃がんと大腸がんについての解説をさしあたりの目的にはしていますが、ニュースへの関心が高まっている時は、重要な情報をお伝えする大切な機会だと捉え、胃がんと大腸がん以外の内容も随時投稿していく予定です。
1.乳がんは30歳代から増加し、40歳代後半でピークを迎える。
乳癌は罹患率、死亡率ともに、1960年代以降一貫して上昇傾向にあります。2013年の女性の死亡者数は13148人と報告されており、女性のがんの中では2番目に多い数字です(1番は大腸がんです)。
乳がんはとても頻度の高いがんですが、実はがんの中ではかなり特殊な一面を持っています。
というのは、がんは年齢が上がるにしたがって、罹患率、死亡率ともに上昇し続けるのが通常です。しかし乳がんの場合は30歳代から増加しはじめ,40歳代後半でピークを迎え、60代後半から減少し始めるのです。
つまり、一般的にがんのリスクは低いはずの30〜40歳代という若い世代であっても、乳がんは発症する可能性が高いのです。小さい子供がいる場合も多いでしょうから、これは非常に深刻な問題です。
乳がんの死亡率を下げるというのは、それだけ重要な課題であるにも関わらず、その鍵を握る乳がん検診の方法については、様々な問題点が指摘されています。
とりあえずはもっともデータが蓄積されているマンモグラフィー(乳房用のX線撮影装置)を軸にして考えるのが妥当なのでしょうが、
1.苦痛を伴うこと
2.若い人に多い高濃度乳腺の場合は診断能力が落ちること
3.遺伝子変異がある患者さんの場合はマンモグラフィーの被曝によってむしろ乳がんのリスクが高まる可能性があること
などの欠点が知られています。
その他の検査として超音波検査、MRIなどがありますが、一長一短があり、どの検査をどういう方に行うかというベストミックスを決めるには、まだまだ時間がかかりそうです。
乳がんについての詳しい情報については、日本乳癌学会から『乳癌診療ガイドライン2015』が発表されており、ホームページ上で閲覧できます。
これは国内外の膨大な量の論文を参考にして編纂された、非常に網羅的な内容のガイドラインです。
医療関係者にとっては非常に参考になる貴重な資料ですが、あまりにも網羅的すぎて、一般の方が読みこなすのはほぼ不可能です…。
今回はこのガイドラインの内容のうち、特に「どういう方が乳がんのリスクが高いのか」について、要旨をお伝えしたいと思います(注1)
2.乳がんのリスク因子とは?
乳癌診療ガイドライン2015では、「乳がん」と「リスクを高める因子」の関連の強さを、「確実」「ほぼ確実」「可能性あり」「証拠不十分」「大きな関連なし」の5段階で評価をしています。
さらに、閉経の前と後で女性のホルモンバランスが変化するため、前と後の2パターンに分けて、リスク因子を別々に検討しています。5×2の項目があるため、かなり複雑で分かりにくくなっている印象です。
本ブログでは大局的な分かりやすさ、覚えやすさを優先して考え、簡略化した表で解説いたします。(詳しく知りたい方は日本乳癌学会ホームページを参照してください)。
この表の通り、リスク因子は大きく3つのグループに分けられます。
グループ1・・・生活習慣に関わるもの
グループ2・・・個人の体質に関わるもの
グループ3・・・子育てに関わるもの
です。
グループ1は、日々の心がけ次第でどなたにも改善するチャンスがあります。乳がんでは数少ない自分でコントロールが可能な部分です。特にアルコールの影響は大きいようですので、飲酒はほどほどにするようご注意ください。
グループ2は、心がけでは改善できない部分です。リスク因子はあくまでリスクを上げるだけで、もちろん必ず発癌するわけではありません。深刻に考えすぎる必要はないのですが、心にはとどめておきましょう。
さて、グループ3については、少し詳細に解説します。
3.少子化と乳がん?
もともと乳がんは欧米に多く、日本には少ないがんでした。それがここ数十年の間に著しく増えてきて、欧米との差が縮まりつつあります。
こういったケースでは、しばしば「食生活の欧米化が大きく関わっている」と説明されています。つまり健康的な和食中心の食事から、肉や乳製品などを多く含む食事への変化が一部のがんの増加に関係している、という解釈です。例えば大腸がんにおいては、これはほぼ事実とみなされています。
乳がんに関しても、少なくとも無関係ではないだろうと思います。また、女性のアルコール消費量が増大したことも影響しているでしょう。
しかし、ここ数十年の間に日本に起こったその他の変化として、「少子化」の影響も大きいのではないかと考えます。
正確には「少子化」そのものというよりも、それを構成する「要素」が与える影響、つまり「未婚」「晩婚」「子供の数の減少」による出産経験の減少、授乳機会の減少です。これらは表に記した通り、乳がんのリスクを上げる方向に働きます。「少子化」と「乳がんの増加」はパラレルに起こっており、関連がある事は間違いないと思います。
「少子化」というと、どうしても「少子高齢化」による「年金」「介護」「国際競争力の低下」など社会的な側面だけクローズアップされがちですが、女性の体に与える影響についても、私たちはもっと意識的であるべきなのだと思います。
4.リスク因子と向き合う、ということ
以上のように、乳がんのリスク因子は多岐にわたっています。身長、出産など自分の努力だけではコントロールできない因子があるのは不条理ですし、不愉快かもしれません。しかし、がんの予防や早期発見においては、自分自身がリスク因子を持っているかどうかを認識している事がとても重要なポイントになるのです。リスク因子が取り除けるのであればそれが最善ですし、取り除けないのであれば、それを認識し、注意を怠らないことが次善の策なのです。
乳がんができないように生活習慣をただし、リスク因子と向き合うこと。それががんによる不幸を遠ざける一番の近道です。
5.そして最後に…
意外な盲点に注意です。乳がんは女性に特有の病気だと思っている方も多いと思いますが、これは誤解です。乳がんの0.5−1%は男性の乳がんなのです!この事実は医療関係者でも知らない方が結構います。稀であることは間違いありませんが、ぜひご注意を!
注1
本来は個別に出典を明らかにすべきなのですが、膨大な量になってしまいます。すべて日本乳癌学会のホームページで確認できるので、今回は割愛させていただきます。
文・イラスト 近藤慎太郎