1.食道がんの5年生存率は?
今まで「食道がんは治療が難しくて治りにくい病気」と言われてきました。
それはある程度正しい認識です。前回の冒頭でも、食道がん手術は体の負担が大きいと説明しました。
そんな食道がんを、本当に「治る」がんと呼んでいいのでしょうか?
国立がん研究センターが発表しているステージⅠ期の5年生存率は、胃がん、大腸がんともに95%を超える非常に高いものでした。
では食道がんはどうかというと、実は85.4%に留まっています。ことさらに低いともいえない数値だとは思いますが、胃がんや大腸がんに比べるとやや見劣りがしてしまうかもしれません。これでは「治る」がんというのには不十分じゃないかと思われる方も多いでしょう。確かにこの数値だけを見ればそうかもしれません。しかしそれでも食道がんが「治る」がんなのだと私が主張するのには理由があります。
2.ステージはIから始まるという誤解
がんのステージ分類はIから始まってⅣで終わると誤解されがちですが、実は0から始まるものが大多数です。
食道がんの場合も、粘膜の中でも粘膜上皮というごく表面とどまるがんの場合は0期に分類するという国際的なルールになっています。この0期のデータが入っていないので、I期のデータである85.4%だけを見ると、食道がんの5年生存率が比較的低めになっていると感じるのです。
なぜ0期のデータが入っていないのでしょうか?
それには様々な理由があると思います。
早期の腫瘍の場合、「がんのギリギリ一歩手前の良性腫瘍なのか、それを一歩超えたばかりのごく早期のがんなのか」という判断は、専門の医師の中でも意見が分かれることがあります。特に、胃がんなどは日本と欧米で診断基準すら違います。
0期というのはそのような判断の難しいグレイゾーンのデータなので、あえて入れていないのかもしれません。
また、このデータは2004年から2007年の間に診断されたがんを元にしていますが、一般論として、その当時に0期の食道がんを見つけるということは、内視鏡専門医でもなかなか難しいことでした。
がんというのは大きく盛り上がっていたり陥凹したりして形態上の特徴が明らかであれば診断しやすいのですが、早期の食道がんの場合はそうではなく、「よくよく見ると周囲の正常粘膜と比べて色調が少し違う程度」ということが多々あります。
このため、よほど注意深く観察しないと0期の食道がんは見つからなかったのです。
3.進化する食道がん診断
早期の食道がんを見つけるための工夫として、以前はヨード液を食道に散布して観察するという方法を用いていました。正常粘膜と食道がんのヨード液に対する染まり方の違いを利用して診断する方法です。
今でもこの方法は有用なのですが、ヨード液は刺激の強い液体で、食道に散布すると強い胸やけが生じることがあります。そのため患者さんからの苦情も多いですし、散布にも手間がかかるので、あるかどうかわからない食道がんのチェックのために、ルーティンとして全員に行うというわけにはいきませんでした。
しかしNBI(Narrow Band Imaging)という画期的なシステムが開発されてから状況が劇的に変わりました。
原理の詳細な説明は避けますが、内視鏡の先端から特殊な光を食道に当てることにより、がんの部分だけ色調を変えて目立たせることができるのです。
内視鏡についているボタンを一つ押すだけで、通常の観察よりも飛躍的に多くの早期食道がんを見つけることができるようになりました。(注1)
現在ではNBI以外にも様々な光学的な技術が開発され、それぞれが早期食道がんの発見に貢献しています。最終判断のためには依然としてヨード液を撒く必要性がありますが、患者さん全員に何の苦痛も与えずに食道がんのチェックができるというメリットは非常に大きいのです。
こういった機器が導入され、0期で発見される食道がんが増えれば、当然完治が増え、その分I~Ⅳ期の食道がんが減るはずです。そしてその結果、食道がんの全体的な5年生存率は改善されていくでしょう。
以上の理由から、私は食道がんも「治る」がんだと考えますし、今後の死亡率の減少を強く期待しています。
(注1)Muto M et al. Narrow-band imaging combined with magnified endoscopy for caner at the head and neck region.Dig Endosc. 2005 17 Suppl S23-24
(文・イラスト 近藤慎太郎)
がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」
- 作者: 近藤慎太郎
- 出版社/メーカー: 旬報社
- 発売日: 2017/02/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログを見る