『蜜蜂と遠雷』 恩田陸 (書評・近藤慎太郎)

以前、本ブログで森絵都の『みかづき』を取り上げました。

 

 

読了後、なんて素晴らしい作品なんだと感銘を受けました。

スケールの大きさ。

明確に、そして深く書き分けられた登場人物たち。

起承転結と静かな感動。

特に文句の付け所のない大作で、本作品は2017年度の本屋大賞の2位になっています。

「これで1位じゃないんだ…。じゃあ1位はどんだけ傑作なんだ?」と思って手に取ったのが、2017年度本屋大賞1位で、今回取り上げる『蜜蜂と遠雷』です。

  

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 

本作をごく簡単に言えば、ピアノコンクールに集まった若い音楽家たちの葛藤と成長を描いた物語です。

主な登場人物はこの4人です。

 

風間塵(15歳):養蜂家の父と一緒に世界を転々としながらピアノを弾く少年。偉大な世界的音楽家にごくプライベートに指導されていたのでまったくの無名だが、天才的な素質を持っている。

栄伝亜夜(20歳):かつては天才少女と呼ばれ、CDデビューやコンサート活動も行っていたが、母の死去以来ピアノを引く目的を見出せなくなってしまい、音楽活動から遠ざかっていた。

マサル・C・レヴィ=アナトール(19歳):ジュリアード音楽院出身で、天才的な音楽センスと技術に加え、完璧なルックスを持っている。

高島明石(28歳):サラリーマン勤務のかたわらコツコツとピアノを弾き続けた苦労人。

 

いかがでしょうか?

「天才多いな…」と思いますよね。(笑)

4人目のキャラクターがいなかったら、物語に締まりがなくなっていたでしょう。

ただ、基本的には上記の天才3人にフォーカスが当たって物語は展開していきます。

毒のある人物はおらず、対立や苦悩もほとんどありません。「なんだか少女漫画みたいな設定だな」と思います(それも偏見かもしれませんが)。

みかづき』の方が好みだな…と思いながら読み進めていましたが、途中から大変な勘違いをしていることに気が付きました。

 

以前取り上げた『BLUE GIANT』も同様ですが、本作品も音楽がテーマなのに音が聞こえないという宿命を背負っています。

 

 

本作品が凄いのは、さらにキャラクターごとに、描写だけで音色を書き分けるという離れわざに挑戦していることです。私を含めて、読者の中にはクラシックの素養がない人もたくさんいると思いますが、そういう人たちにもある程度の説得力を持って描写していく力量には舌を巻きます。魔術的と言ってもいいです。

しかも予選が一次から始まって、二次、三次、そして本選と4回も同じようなセッティングで延々と書き分けていくのです。

つまりこの作品は、作者が自ら何重にも張り巡らしたハードルを、飛び越えて見せようとした、超弩級の実験的、野心的な作品なのです。

さすがに本選では多少の息切れ感があり、書き急いでいるように見受けられます(作者もどこかのインタビューで、連載が終わった時に、もう書かなくていいんだとホッとしたという趣旨の発言をしています)。

しかもこんなに特殊な作品が、本屋大賞1位という最大公約数的な評価にふさわしいのかどうかは私には分かりません。

しかし、これだけ困難な制約の中で、きちんとエンターテイメントとして成立せしめた作者の才能に、心からの賞賛を送りたいと思います。

 

(文・近藤慎太郎)

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