6月7日発売の「週刊FLASH」に、パニック発作の一般論についてコメントいたしました。ご一読いただければ幸いです。
文 近藤慎太郎
がんに関する世の中の高い関心を反映するように、一般読者向けの本が多数出版されています。その内容は千差万別ですが、困ったことに、医療関係者からみるとその内容に「!?」と思うものが非常に多いのです。特に、「がんになってもこれをすれば絶対治る」とか、「がんになったら治療を受けないほうがいい」とか、「がん検診は必要ない」といった極端な論調の本が目立ちます。
こういった本の需要があるのは、やはり読むことによって安心感を得たいという心理によるものでしょう。「これをすれば治る」というのはもちろんですし、「治療を受けないほうがいい」というのも、治療を受けないという選択肢が諦念につながり、逆説的に人の心を軽くするのでしょう。
これらの本を読み物として割り切っている分には問題ありません。しかしこれが絶対的な真実なんだと誤解してしまうのであれば大問題です。
そして残念ながら、世の中にはそのように誤解してしまっている方がたくさんおり、信じきっているからこそなおさら熱心にその誤解を周囲に広め、がんやがん検診に対する正しい知識が世の中に広まる事を妨げてしまっています。
医療の現場で患者さんとがんについての話をすると、世の中にはがんに関する実に様々な、そしてとても根強い誤解が蔓延しているということを痛感します。
そして相手ががんであるだけに、ミスリードによって時間を空費している余裕はありません。
誤解によって生じる取り返しのつかない結末を回避すること。それは本ブログの重要な目的の一つです。
従来の本を愛読している方には異論があるかもしれません。それでも私がそう判断するのにはある理由があります。従来の本には、2つの共通の弱点があるのです。
1つ目の弱点は、「客観的なデータによる裏付けが不十分」ということです。かんたんに言ってしまえば、「なにを根拠にそんなことを言っているのか分からない」。
根拠のない一方的な私見を押しつけていたり、偏ったデータを主張に都合のいいようにツギハギしたりしたものがとにかく多いのです。
1人の医師が一生のうちに経験するがんの数にはどうしても限界があります。そのため、医師1人分のデータで普遍的な真実を導き出すことは非常に困難です。もちろん経験に裏打ちされた知識というのも大事なのですが、独りよがりな意見になる危険性には常に注意が必要です。
ではどうすれば客観的なデータになるのでしょうか?
最も基本的な方法は、「データを持ち寄って統合する」ということです。たとえば、1つの病院であっても複数の医師から集めたデータを統合して使う。さらには、できることなら複数の病院から集めたデータを統合して使う、ということです。そのほうが、それぞれの医師が知らず知らずのうちに抱えているクセや偏りといったものを均質化してくれて、データを客観的なものにしてくれるのです。また、統合して母数が多くなれば、偶然によるバラツキが混じりこむ可能性も低くなっていきます。
そしてデータを用いて議論する際には、「このデータはどの医学雑誌の何月号にどんなタイトルで載っている」といった出典を明らかにして、第三者が内容を検証しやすいようにするのが大原則だと思います。ただし、これをきちんとやっているがん関連本というのはほとんどありません。さながら言ったもの勝ちの無法地帯のようなものです。
次に2つ目の弱点です。こちらの方が、より本質的かつ致命的でしょう。
がんについての本を目にするたびに私が非常に強く疑問に思うのは、「なぜすべてのがんを一括りにして考えるのか」ということです。(つづく)
文・イラスト 近藤慎太郎
厚生労働省が毎年出している人口統計を見てみましょう(図1)。
1950年以前は「結核」が死因の第1位でした。文学作品などにも見られるように、長らく死病として恐れられていましたが、抗生物質の発達によって結核で亡くなる方は激減していきました。
それに代わって1950~70年代に掛けては、「脳卒中」が第1位を占めていました(脳卒中には脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などが含まれます)。
予防として塩分制限や血圧のコントロールが大切であることが徐々に世の中に浸透していき、近年ではこちらも減少傾向です。
そして1981年以降~現在に至るまでは、「がん」が他の疾患を大きく離して第1位となっています。図をご覧になってわかるように、この多さは圧倒的です。
結核も脳卒中も減ってきているのに、がんはまったく減っていません。
これは、私たちががんという病気をコントロールするための効率的なポイント(結核の抗生物質、脳卒中の血圧にあたるもの)をいまだに押さえられていないという事を示しています。
ここで、「ポイントとしてはがん検診があるのでは? コントロールできていないなら、がん検診は効果がないの?」と思った方。鋭いです。
確かにがん検診はがんをコントロールするための大事なポイントの「1つ」です(本当はもう1つあります)。決して効果がないわけではないのです。ただ前回もお話しした通り、がん検診に関しては様々な誤解が蔓延しており、そのせいでがん検診が効果的に運用されておらず、その機能が十分に発揮できていない、というのが実情なのです。
この点は大変重要なことなので、がんやがん検診についての理解を深めてから、詳しく解説いたします。
いずれにしても、現状ではがん検診はがんのポイントを押さえきれていません。
そしてその結果、現在では日本人の3人に1人はがんで亡くなっているのです。
また、高齢になればなるほど発がんのリスクというのは高まるので、日本人の高齢化と相まって、じつに2人に1人は生涯のうちに何らかのがんにかかるといわれています(がん情報サービス がんに罹患する確率~累積罹患リスクより)。
つまり、両親のうちのどちらか、夫婦のうちどちらか、隣の席の人か自分のどちらかは、いつかなんらかのがんになると思ったほうがいい、ということです。
私たちは誰しも、いつがんを宣告されてもおかしくない状況に置かれています。
がんという病気は、まったく他人ごとではないのです。
がんというと、「苦しい」もので「治らない」ものだから「恐ろしい」ものというイメージが定着しています。もちろん誰もそんなものにはなりたくありません。
がんにならないためにはどうすればいいのか、そしてもしもなってしまった場合にはどうすればいいのか、まったく関心がないという人は少ないでしょう。
そしてその心理を巧みに、もしくは露骨に利用した「がん関連本」が世の中には蔓延しているのです。(つづく)
文・イラスト 近藤慎太郎
このブログに目にとめていただき、ありがとうございます!
はじめに、私がなぜこのブログを立ち上げようと思ったのか、その理由からお伝えしようと思います。
私の専門は胃や大腸などの「消化管」という臓器です。消化管の病気には様々なものがありますが、やはり一番大きな問題となるのは「がん」でしょう。
今まで、多くの胃がん、大腸がんの患者さんを診てきました。早期のがんから進行がんまで様々ですが、がんというのはどの段階にあるかによって治療方法がまったく違ってきます。
もし肝臓など他の臓器に転移している場合には、外科手術ではなく抗がん剤を使った治療が中心になります。
最近では様々な抗がん剤を組み合わせることによって、進行した胃がん、大腸がんの患者さんでも元気に暮らせる時間を延ばすことができるようになってきました。
しかし…やはり完治させることはとても難しいのです。
私は転移した胃がん、大腸がんを見つけるたびに、「もっと早く見つかれば「治る」がんだったのに…」と、とても悲しい気持ちになりました。
がんは時に難しい病気ですが、がんにも様々な種類があります。
そして実は、胃がんや大腸がんのほとんどは、大事なポイントだけ押さえれば「治る」がんなのです。
さらに、「治る」がんである胃がんと大腸がんが、全てのがんのうちの実に1/3の割合を占めているのです!(正確には1/3.26ですが、本当は他にも「治る」がんがあるので、割合はもっと多くなります! 注1)
『胃がんや大腸がんといった「治る」がんが、全てのがんのうちの大きな割合を占めている。』
私はこのとても大事な情報が、きちんと世の中に伝わっていない、と痛感しています。
がんに対する情報はないわけではなく、むしろ世の中に氾濫しています。しかしその多くは、全てのがんを一括りにした乱暴で極端なものばかりです。
そしてその結果、がんに対する実に様々な誤解が広く蔓延しています。
またあろうことか、がんを見つけるための「がん検診」についてさえも、重大な誤解が数多く潜んでいます。
これらの二重構造の誤解を解かない限り、「がん検診を受けているから大丈夫」とすら言えないのです。
そして結局「治る」がんなのに「治す」タイミングを逃してしまう方が世の中にはたくさんいらっしゃるのです。
進行したがんになれば大切な命を失う危険性があるのは当然ですが、治療のために必要な金銭的な負担も、今後は格段に大きくなる可能性が高いのです。
日本の医療費というのは、現在なんと年間40兆円掛かっています。そして毎年およそ1兆円ずつ着実に増え続けているのです。
この莫大な金額を現行のシステムで工面することは限界に達しつつあり、おそらく今後「自己負担の増加(3割負担が4割、5割に増える)」や「高額療養費制度(注2)の見直し」は避けられないと思います。
もしそうなれば、がんになった場合に支払わなくてはいけないお金は今よりもずっと多くなりますし、お金がないから高価な治療を受けることを断念する、もしくは受けるために借金をするという事態も起こるかもしれません。
その結果、本人はもとより、家族にも重い負担が残される可能性があります。
このような深刻な事態を回避するためには、とにかくまず「がんにならないように予防すること」、そして万一なってしまった場合には「できるだけ早期に見つけて少ない負担で完治させること」が肝心です。
そしてそのためには、みなさんが正しい医学知識に触れる必要があるのですが、現実にはむしろ遠ざけられてしまっていると言えるでしょう。
誤解が蔓延していることもありますし、正しい医学知識が書かれている本やサイトがあったとしても、専門用語が氾濫していて理解しにくいように思います。
日本の誇る優れた医療とみなさんをつなぐ、大事なピースが世の中には欠けているのです。
がん対策で大事なのは、頻度が高い「治る」がんを見極め、それに関する様々な誤解を解消し、医学的に正しい事実を実践することです。
そのために、本書では現場の医師が用いるガイドラインや信頼性の高いデータを使って、できるだけ客観的に、そしてマンガなどを使って分かりやすく解説することを目標にしました。
本書が医療とみなさんをつなぐ大事なピースになること。そしてその結果、みなさんが「治る」がんで命を落とすことなく、充実した毎日を送れるようになること。それが、私の心からの願いであり、本ブログを立ち上げた理由なのです。
ぜひ、末永くお付き合いいただければと思います。
注1
高精度地域がん登録のがん罹患データより
注2 高額療養費制度
医療機関で支払った金額が一定の水準を超えた場合に、その超えた分の金額を公的医療保険が支給する制度。年齢や所得によって、支給される水準が変わるが、例えば70歳以上で年金収入のみの方の場合、月の自己負担額の上限が15000円になる。この場合、たとえ月に100万円の医療費がかかったとしても、100万-15000円、98万5000円の部分は、公的医療保険が肩代わりしてくれる。つまり、みなさんが納めた保険料が使われている。
文・イラスト 近藤慎太郎
本サイトを公開いたしました。
文 近藤慎太郎