「治る」がんを見逃さないために必要な2つのポイント

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1. どれぐらい治るのか

 

全国がん(成人病)センター協議会は臨床病期(以下、ステージ)別の5年生存率を発表しています。

5年生存率というのは、がんが見つかった時点から5年後にも、その患者さんが生存している割あいのことです。

 

ステージⅠ期(早期に発見できたということ)の5年生存率を見ると、胃がん97.2%、大腸がんは99.0%と、軒並み非常に高い値を示しているのです。(注1)

 

つまり胃がんと大腸がんはⅠ期で見つかれば、ほとんどの方が5年後に生存しています。

がんの種類によっては、Ⅰ期で見つかっても5年後の生存率がおよそ40%、というものもありますので、胃がんと大腸がんの治る割合がいかに突出しているかを実感していただけることと思います。

 

胃がんや大腸がんに対するきちんとした理解が世の中に広まって、早期に見つかるがんがもっと増えれば、胃がんや大腸がんの死亡率が激減することは間違いありません。

 

 

2.「治る」がんを見逃さないために必要な2つのポイント

 

しかしたとえ「治る」がんであっても、進行した状態、つまり肝臓や肺など他の臓器に転移を起こした状態で見つかった場合には、手術ですべてのがんを取り除くということはできません。抗がん剤を使った治療が中心になるため、完治は難しくなってきます。実際に、胃がんと大腸がんであっても、ステージが上がっていくに従って5年生存率というのは下がっていくのです。

 

がんはかなり進行した状態にならないと症状が出ない場合が多いため、症状がないから無視していい、というわけにはいきません。

「治る」がんをタイミングを逃さずに「治す」ためには、みなさんが能動的に押さえなければいけない2つの大事なポイントがあるのです。

それは、

 

1   がんになりにくい体質にする(=リスク因子を除去する)

2   検査でがんを早期に見つける

 

この2つです。

専門的には前者を「一次予防」、後者を「二次予防」といいます。

 

 

3.がんの誤解、がん検診の誤解、そして医師の誤解

 

まずは二次予防、検査を受けることです。これがいわゆる「がん検診」に相当します。

がん検診というと、「バリウム検査」「便潜血検査」…など、みなさん何らかの知識をお持ちになっていると思います。

しかし、胃や大腸の検査は色々な種類があります。そして、

「どれがラクなのか」

「どれぐらい病気を見つけてくれるのか」

「どれぐらいの間隔で受ければいいのか」

といった事を詳しく知っている方はほとんどいないと思います。

 

さらに、がん検診に関しては多くの深刻な誤解が世の中に蔓延しています。これらの誤解を鵜呑みにしてしまうと、「治る」がんも治らなくなってしまいます。誤解を解いて正しい知識を身に付けない限り、「がん検診を受けているから大丈夫」とすら言えないのです。

 

そして残念なことですが、がん検診の結果の解釈について誤解している医師も時々います。つまり、みなさんが今までに受けた説明が間違っている可能性もあるのです。

こう書くとみなさんびっくりするかもしれませんが、現実的には十分ありえる話です。なぜこんなことが起こりえるのでしょうか?

 

もしみなさんが、長い間咳が止まらないという症状で大きな病院に行った場合、まずは呼吸器内科を受診することになると思います。そして呼吸器内科はそういった症状の専門家なので、間違った説明をする可能性はほとんどないでしょう。

しかし健康診断や人間ドックの場合は事情が違います。全身の様々な臓器のチェックをしたのちに、みなさんに結果を説明するのはあくまで一人の医師です。そもそもの専門は消化器だったり、呼吸器だったり、腎臓だったり、様々です。つまり、みなさんが健診で引っかかった項目の専門家とは限らないということです。もしもその項目が医師の専門外の分野であれば、細かい部分で誤解が生じている可能性は十分ありえるのです。

 

ではどんな誤解がありうるでしょうか?

それらについては胃がんと大腸がんの各論で詳しく解説いたします。

 

次回は一次予防の重要性について説明します。(つづく)

 

注1

全国がん(成人病)センター協議会ホームページ「全がん協部位別臨床病期別5年相対生存率(2004~2007年診断例)」より

心筋梗塞など他の病気が原因で亡くなった場合は、結果から除きます。)

  文・イラスト 近藤慎太郎

どういう方が乳がんになりやすいのか?

最近、北斗晶さん、小林麻央さんなど、乳がんと闘病中の方のニュースが盛んに報道されています。実際に乳がんの罹患率(がんになる方の数)、死亡率(がんで亡くなる方の数)は近年明らかに増加していて、社会的な関心も非常に高まっています。

本ブログでは「治る」がん、特に胃がんと大腸がんについての解説をさしあたりの目的にはしていますが、ニュースへの関心が高まっている時は、重要な情報をお伝えする大切な機会だと捉え、胃がんと大腸がん以外の内容も随時投稿していく予定です。

 

 

1.乳がんは30歳代から増加し、40歳代後半でピークを迎える。

 

乳癌は罹患率、死亡率ともに、1960年代以降一貫して上昇傾向にあります。2013年の女性の死亡者数は13148人と報告されており、女性のがんの中では2番目に多い数字です(1番は大腸がんです)。

乳がんはとても頻度の高いがんですが、実はがんの中ではかなり特殊な一面を持っています。

というのは、がんは年齢が上がるにしたがって、罹患率、死亡率ともに上昇し続けるのが通常です。しかし乳がんの場合は30歳代から増加しはじめ,40歳代後半でピークを迎え、60代後半から減少し始めるのです。

つまり、一般的にがんのリスクは低いはずの30〜40歳代という若い世代であっても、乳がんは発症する可能性が高いのです。小さい子供がいる場合も多いでしょうから、これは非常に深刻な問題です。

 

乳がんの死亡率を下げるというのは、それだけ重要な課題であるにも関わらず、その鍵を握る乳がん検診の方法については、様々な問題点が指摘されています。

 

とりあえずはもっともデータが蓄積されているマンモグラフィー(乳房用のX線撮影装置)を軸にして考えるのが妥当なのでしょうが、

 

1.苦痛を伴うこと

2.若い人に多い高濃度乳腺の場合は診断能力が落ちること

3.遺伝子変異がある患者さんの場合はマンモグラフィーの被曝によってむしろ乳がんのリスクが高まる可能性があること

 

などの欠点が知られています。

その他の検査として超音波検査MRIなどがありますが、一長一短があり、どの検査をどういう方に行うかというベストミックスを決めるには、まだまだ時間がかかりそうです。

 

乳がんについての詳しい情報については、日本乳癌学会から『乳癌診療ガイドライン2015』が発表されており、ホームページ上で閲覧できます。

www.jbcs.gr.jp

 

これは国内外の膨大な量の論文を参考にして編纂された、非常に網羅的な内容のガイドラインです。

医療関係者にとっては非常に参考になる貴重な資料ですが、あまりにも網羅的すぎて、一般の方が読みこなすのはほぼ不可能です…。

今回はこのガイドラインの内容のうち、特に「どういう方が乳がんのリスクが高いのか」について、要旨をお伝えしたいと思います(注1)

 

 

2.乳がんのリスク因子とは?

 

乳癌診療ガイドライン2015では、「乳がん」と「リスクを高める因子」の関連の強さを、「確実」「ほぼ確実」「可能性あり」「証拠不十分」「大きな関連なし」の5段階で評価をしています。

さらに、閉経の前と後で女性のホルモンバランスが変化するため、前と後の2パターンに分けて、リスク因子を別々に検討しています。5×2の項目があるため、かなり複雑で分かりにくくなっている印象です。

本ブログでは大局的な分かりやすさ、覚えやすさを優先して考え、簡略化した表で解説いたします。(詳しく知りたい方は日本乳癌学会ホームページを参照してください)。

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この表の通り、リスク因子は大きく3つのグループに分けられます。

 

グループ1・・・生活習慣に関わるもの

グループ2・・・個人の体質に関わるもの

グループ3・・・子育てに関わるもの

です。

 

グループ1は、日々の心がけ次第でどなたにも改善するチャンスがあります。乳がんでは数少ない自分でコントロールが可能な部分です。特にアルコールの影響は大きいようですので、飲酒はほどほどにするようご注意ください。

 

グループ2は、心がけでは改善できない部分です。リスク因子はあくまでリスクを上げるだけで、もちろん必ず発癌するわけではありません。深刻に考えすぎる必要はないのですが、心にはとどめておきましょう。

 

さて、グループ3については、少し詳細に解説します。

 

 

3.少子化と乳がん?

 

もともと乳がんは欧米に多く、日本には少ないがんでした。それがここ数十年の間に著しく増えてきて、欧米との差が縮まりつつあります。

こういったケースでは、しばしば「食生活の欧米化が大きく関わっている」と説明されています。つまり健康的な和食中心の食事から、肉や乳製品などを多く含む食事への変化が一部のがんの増加に関係している、という解釈です。例えば大腸がんにおいては、これはほぼ事実とみなされています。

 

乳がんに関しても、少なくとも無関係ではないだろうと思います。また、女性のアルコール消費量が増大したことも影響しているでしょう。

 

しかし、ここ数十年の間に日本に起こったその他の変化として、少子化の影響も大きいのではないかと考えます。

正確には「少子化」そのものというよりも、それを構成する「要素」が与える影響、つまり「未婚」「晩婚」「子供の数の減少」による出産経験の減少、授乳機会の減少です。これらは表に記した通り、乳がんのリスクを上げる方向に働きます。「少子化」と「乳がんの増加」はパラレルに起こっており、関連がある事は間違いないと思います。

 

少子化」というと、どうしても「少子高齢化」による「年金」「介護」「国際競争力の低下」など社会的な側面だけクローズアップされがちですが、女性の体に与える影響についても、私たちはもっと意識的であるべきなのだと思います。

 

 

4.リスク因子と向き合う、ということ

 

以上のように、乳がんのリスク因子は多岐にわたっています。身長、出産など自分の努力だけではコントロールできない因子があるのは不条理ですし、不愉快かもしれません。しかし、がんの予防や早期発見においては、自分自身がリスク因子を持っているかどうかを認識している事がとても重要なポイントになるのです。リスク因子が取り除けるのであればそれが最善ですし、取り除けないのであれば、それを認識し、注意を怠らないことが次善の策なのです。

乳がんができないように生活習慣をただし、リスク因子と向き合うこと。それががんによる不幸を遠ざける一番の近道です。

 

 

5.そして最後に…

 

意外な盲点に注意です。乳がんは女性に特有の病気だと思っている方も多いと思いますが、これは誤解です。乳がんの0.5−1%は男性の乳がんなのです!この事実は医療関係者でも知らない方が結構います。稀であることは間違いありませんが、ぜひご注意を!

 

 

注1

本来は個別に出典を明らかにすべきなのですが、膨大な量になってしまいます。すべて日本乳癌学会のホームページで確認できるので、今回は割愛させていただきます。

 

文・イラスト 近藤慎太郎

なぜ胃がんと大腸がんを重視するのか?

1.がんになる割合とがんで亡くなる割合を比べると…?

では、一体どういうがんが治っているのでしょうか?
ここで臓器別に考えてみましょう。日本における、臓器別のがんの
罹患率=がんになる方の数(注1)」と「死亡率=がんで亡くなる方の数(注2)」を比べてみましょう(図1)

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図1(2011男女合計 罹患率 ①胃52.6 ②大腸51.6 ③肺42.9
死亡率 ①肺24.6 ②胃17.6 ③大腸16.3)

 

頻度の逆転現象が起きているのがお分かりだと思います。
男性の罹患率をみると、上から胃がん、大腸がん、肺がんの順ですが、死亡率は肺がん、胃がん、大腸がんの順になっています。つまり、胃がんや大腸がんは肺がんと比べて、「患者数が多い」のに、「死亡数が少ない」のです。これは、胃がんや大腸がんの患者さんの一部が「治っている」ことを示しています。

 

2.本当に胃がんや大腸がんは治るがんなのか?

前回、「発見しやすく、治療のしやすい臓器にできた比較的おとなしいがんであれば、がんは治る。」と述べました。
では胃がんや大腸がんはこの条件に当てはまるでしょうか?
がんの中には、早期に見つけるのが非常に難しく、とても速いスピードで進行するがんというものもあります。しかし胃がんや大腸がんの大部分はそうではありません。何年も時間をかけて、ゆっくり育っていくものがほとんどです(注3)。

 

発見のしやすさはどうでしょうか?
詳しくはもう少し先で説明しますが、胃や大腸のがんを見つける検査はいくつかあり、一長一短はあるものの、それぞれ有用です。検査によって早期がんもたくさん見つかっているので、胃がん、大腸がんは発見しやすいがんなのです。

 

また、治療のしやすいがんでもあります。
胃がんや大腸がんなど消化管のがんは他の臓器のがんに比べて、比較的体に負担をかけない手術方法で切除することができるのです。

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図2(出典:日本消化器外科学会 - 膵臓の病気)

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図3(出典:日本消化器外科学会 - 大腸の病気)

図2、図3をご覧ください(日本消化器外科学会HPより)。例えば膵臓がんの場合、がんを含んだ膵臓、胆のう、胆管と十二指腸の大部分を切除した後に、膵臓、胆管、胃を小腸に吻合するという、実に大がかりで複雑な手術になります。
その一方、大腸がんの場合は、病変部位を切除したのち、大腸の断端同士を吻合すればいいだけです。もちろん、細かいリスクは色々あるものの、どちらが体に負担が少ないかは直感的にお分かりいただけると思います。

 

そしてさらには、一定の条件を満たした早期がんであれば、体にメスを入れずに内視鏡という医療機器でがんの部分を薄く剥離するだけで完治させることもできます。その場合は外科手術と違って胃や大腸の機能はほぼ100%温存されており、体に傷もついていません。いわば「何もなかった状態」に戻るわけですから、そのメリットは極めて大きいのです。

 

以上のように、必要とされる条件がしっかり揃った胃がんと大腸がんは、確かに「治る」がんなのです。

 

また、ここで大事なポイントは、図1で見たとおり、胃がんと大腸がんの患者数が多い、ということです。
いくら「治る」がんなんだと言っても、頻度の少ない珍しいがんであれば、個人的にも社会的にも「恩恵はあまりない」ということになってしまうでしょう。
一方、患者数が多いということは社会的なインパクトが大きいうえに、単純に「自分もなる可能性が高い」ということです。つまりがん対策で大事なことは、「患者数の多い治るがんから重視して対処していく」ということです。

 

それでは次に、胃がんや大腸がんになってしまったとしたら、どれぐらい治るのかをみていきます。(つづく)

 

注1
日本の人口10万人のうち、1年間で新たにがんになる割合。年齢調節ずみ。地域がん登録全国推計値より。
注2
日本の人口10万人のうち、1年間でがんで亡くなる割合。年齢調節ずみ。厚労省人口動態統計より。
注3
Fujita S. Biology of early gastric carcinoma. Pathol Res Pract. 1978 Dec;163(4):297-309.

文・イラスト 近藤慎太郎

「治る」がんは存在するのか?

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1.すべてのがんを同列に扱うことは出来ない

「がん関連本」の2つ目の弱点です。こちらの方が、より本質的かつ致命的でしょう。

がんについての本を目にするたびに私が非常に強く疑問に思うのは、

「なぜすべてのがんを一括りにして考えるのか」ということです。

 

みなさん「がん」と聞くと、悪い細胞がどんどん増殖して暴れまくっているイメージを持っていると思いますが、そのふるまい方は実は一様ではありません。がん細胞の性質が比較的おとなしいがん(高分化型がん)とそうでないがん(低分化型がん)、その他にもいくつかの種類があり、進行するスピードに差が出てくるのです。

 

このように細胞レベルでもバリエーションがありますし、さらに、がんがどこの臓器にできるかによってその後の経過は全く変わっていきます。

臓器が違えば、

  1. がんを発見しやすいか(=早期発見できる検査があるか)
  2. 治療がしやすいか(=手術など治療の難易度はどうか)

なども当然違ってきます。

 

つまり、一口にがんといっても、細胞レベルの違い × 臓器レベルの違い × 各個人の体質の違い…など、数多くの枝分かれが存在します。

結局、さまざまな特徴を持ったがんを全て同列に扱うなんてことは、そもそも出来るはずがないのです。

 

2.「治る」がんは存在する

では、「すべてのがんを同列に扱うことは出来ない」のであれば、ここからとても重要な疑問が生じます。

つまり、発見しやすく、治療のしやすい臓器にできた比較的おとなしいがんであれば―

 

ある種のがんは「治る」のではないか?、ということです。

 

そして、このことは以前に示した統計データも明白に示しています。

日本人の1/2が生涯のうちに何らかの「がん」にかかっていました。

また、日本人の1/3ががんで亡くなっていました。

では、その乖離にあたる方たち、つまり1/2 - 1/3 = 1/6の日本人はどうなっているのでしょうか?

 

実は治っているのです。

 

がんにはなってしまったけれども、「治る」がんであったのです。

 

もちろん、この1/6の中には、

  1. がんの療養中に心筋梗塞など他の病気で亡くなる方
  2. 複数のがんに罹った方

なども含まれていますが、そういったまれなケースだけではこの数値を説明することはできません。

 

がん検診が十分に活用できていない現状であっても、およそ 1/6の方は治っている。そしてさらに私の考えるところでは、がんやがん検診についての誤解を解消し、社会的な動線をきちんと確保できたとしたならば、 がんで亡くなる方は少なくとも今の半分以下になるはずです。

この点に関しては、現時点ではまだ十分データをお示しできていないので、この先徐々に議論を深めて行きたいと思います。

 

3.どういうがんが治っているのか?

さて、それでは一体どういうがんが治っているのでしょうか?

ここで、臓器別に考えてみましょう。(つづく)

文・イラスト 近藤慎太郎

誤解による結末を回避するために

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1.極端な「がん関連本」の罪深さ

 がんに関する世の中の高い関心を反映するように、一般読者向けの本が多数出版されています。その内容は千差万別ですが、困ったことに、医療関係者からみるとその内容に「!?」と思うものが非常に多いのです。特に、「がんになってもこれをすれば絶対治る」とか、「がんになったら治療を受けないほうがいい」とか、「がん検診は必要ない」といった極端な論調の本が目立ちます。

 

こういった本の需要があるのは、やはり読むことによって安心感を得たいという心理によるものでしょう。「これをすれば治る」というのはもちろんですし、「治療を受けないほうがいい」というのも、治療を受けないという選択肢が諦念につながり、逆説的に人の心を軽くするのでしょう。

 

これらの本を読み物として割り切っている分には問題ありません。しかしこれが絶対的な真実なんだと誤解してしまうのであれば大問題です。

そして残念ながら、世の中にはそのように誤解してしまっている方がたくさんおり、信じきっているからこそなおさら熱心にその誤解を周囲に広め、がんやがん検診に対する正しい知識が世の中に広まる事を妨げてしまっています。

医療の現場で患者さんとがんについての話をすると、世の中にはがんに関する実に様々な、そしてとても根強い誤解が蔓延しているということを痛感します。

そして相手ががんであるだけに、ミスリードによって時間を空費している余裕はありません。

誤解によって生じる取り返しのつかない結末を回避すること。それは本ブログの重要な目的の一つです。

 

従来の本を愛読している方には異論があるかもしれません。それでも私がそう判断するのにはある理由があります。従来の本には、2つの共通の弱点があるのです。

  

2.がん関連本の弱点とは

1つ目の弱点は、「客観的なデータによる裏付けが不十分」ということです。かんたんに言ってしまえば、「なにを根拠にそんなことを言っているのか分からない」。

根拠のない一方的な私見を押しつけていたり、偏ったデータを主張に都合のいいようにツギハギしたりしたものがとにかく多いのです。

1人の医師が一生のうちに経験するがんの数にはどうしても限界があります。そのため、医師1人分のデータで普遍的な真実を導き出すことは非常に困難です。もちろん経験に裏打ちされた知識というのも大事なのですが、独りよがりな意見になる危険性には常に注意が必要です。

 

ではどうすれば客観的なデータになるのでしょうか?

最も基本的な方法は、「データを持ち寄って統合する」ということです。たとえば、1つの病院であっても複数の医師から集めたデータを統合して使う。さらには、できることなら複数の病院から集めたデータを統合して使う、ということです。そのほうが、それぞれの医師が知らず知らずのうちに抱えているクセや偏りといったものを均質化してくれて、データを客観的なものにしてくれるのです。また、統合して母数が多くなれば、偶然によるバラツキが混じりこむ可能性も低くなっていきます。

 

そしてデータを用いて議論する際には、「このデータはどの医学雑誌の何月号にどんなタイトルで載っている」といった出典を明らかにして、第三者が内容を検証しやすいようにするのが大原則だと思います。ただし、これをきちんとやっているがん関連本というのはほとんどありません。さながら言ったもの勝ちの無法地帯のようなものです。

  

3.さらに致命的なこと

 次に2つ目の弱点です。こちらの方が、より本質的かつ致命的でしょう。

がんについての本を目にするたびに私が非常に強く疑問に思うのは、「なぜすべてのがんを一括りにして考えるのか」ということです。(つづく)

文・イラスト 近藤慎太郎

あなたか、あなたの隣の人が「がん」になる

1.日本人は、どのような病気で亡くなっているのか?

 厚生労働省が毎年出している人口統計を見てみましょう(図1)。

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1950年以前は「結核」が死因の第1位でした。文学作品などにも見られるように、長らく死病として恐れられていましたが、抗生物質の発達によって結核で亡くなる方は激減していきました。

 

それに代わって1950~70年代に掛けては、「脳卒中」が第1位を占めていました(脳卒中には脳梗塞脳出血くも膜下出血などが含まれます)。

予防として塩分制限や血圧のコントロールが大切であることが徐々に世の中に浸透していき、近年ではこちらも減少傾向です。

 

そして1981年以降~現在に至るまでは、「がん」が他の疾患を大きく離して第1位となっています。図をご覧になってわかるように、この多さは圧倒的です。

  

2.がん vs がん検診

 結核脳卒中も減ってきているのに、がんはまったく減っていません。

これは、私たちががんという病気をコントロールするための効率的なポイント結核抗生物質脳卒中の血圧にあたるもの)をいまだに押さえられていないという事を示しています。

 

ここで、「ポイントとしてはがん検診があるのでは? コントロールできていないなら、がん検診は効果がないの?」と思った方。鋭いです。

確かにがん検診はがんをコントロールするための大事なポイントの「1つ」です(本当はもう1つあります)。決して効果がないわけではないのです。ただ前回もお話しした通り、がん検診に関しては様々な誤解が蔓延しており、そのせいでがん検診が効果的に運用されておらず、その機能が十分に発揮できていない、というのが実情なのです。

この点は大変重要なことなので、がんやがん検診についての理解を深めてから、詳しく解説いたします。

  

3.2人に1人は生涯のうちに何らかのがんにかかる

 いずれにしても、現状ではがん検診はがんのポイントを押さえきれていません。

そしてその結果、現在では日本人の3人に1人はがんで亡くなっているのです。

 

また、高齢になればなるほど発がんのリスクというのは高まるので、日本人の高齢化と相まって、じつに2人に1人は生涯のうちに何らかのがんにかかるといわれています(がん情報サービス がんに罹患する確率~累積罹患リスクより)。

つまり、両親のうちのどちらか、夫婦のうちどちらか、隣の席の人か自分のどちらかは、いつかなんらかのがんになると思ったほうがいい、ということです。

 

私たちは誰しも、いつがんを宣告されてもおかしくない状況に置かれています。

がんという病気は、まったく他人ごとではないのです。

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がんというと、「苦しい」もので「治らない」ものだから「恐ろしい」ものというイメージが定着しています。もちろん誰もそんなものにはなりたくありません。

がんにならないためにはどうすればいいのか、そしてもしもなってしまった場合にはどうすればいいのか、まったく関心がないという人は少ないでしょう。

そしてその心理を巧みに、もしくは露骨に利用した「がん関連本」が世の中には蔓延しているのです。(つづく)

文・イラスト 近藤慎太郎