胃がんが減っても食道がんが増える!?

1.ピロリ菌が陽性だったらどうすればいいのか?

 

タバコががんのリスク因子であれば、禁煙することによって発がんのリスクを下げることができます。

では、胃がんのリスク因子であるピロリ菌に感染している場合はどうすればいいのでしょうか?

 

この場合には除菌と言って、薬を飲んでピロリ菌を体から駆除することを検討します。

ただし厳密にいうと、

「ピロリ菌が胃がんの原因である」からと言って、

「ピロリ菌を除菌すると胃がんのリスクがなくなる」というわけではありません。

ここはとても誤解されやすいポイントです。

 

前回解説したように、ピロリ菌感染はほとんどが5歳ぐらいまでの幼少期に起こっています。

その後、何十年もの時間をかけて

「ピロリ菌感染」

  ↓

慢性胃炎

  ↓

胃がんのリスク増大」

という流れが胃の中で進行しています。

 

何十年も前にすでにスイッチが押されてしまっているので、

そもそもの原因のピロリ菌の除菌を今行ったとしても、進行した変化を一夜にして無かったことにはできません。

うまいアナロジーが見つからなかったのですが、あえてたとえるとすると、

「ゆで卵を冷やしても生卵には戻らない」ようなものです。

 

結局、発がんのリスクをまったくのゼロにすることはできません。

とはいえ、ほうっておけば今後も発がんリスクは増大する一方ですし、

除菌をすれば発がんリスクを「ゼロにする」ことはできないものの「下げられる」と考えられています。

 

 

2.ピロリ除菌はどれぐらい有効なのか?

 

それでは除菌によってどれぐらい発がんリスクを下げられるのでしょうか?

図は日本人を対象にした有名な研究の結果で(注1) 、ピロリ菌の除菌の意義を説明するためによく使用されています。

 

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横軸が経過年数で、縦軸が累積の発がん数です。

赤いグラフが除菌をしなかったグループで、スミレ色のグラフが除菌をしたグループです。

明らかにスミレ色のグループの方が発がん数が少ないことが分かります。

この論文では、ピロリ除菌を行ったことにより、その後の発がんリスクを約65%減らすことができたと報告しています。

 

普通、「65%も減るなら、やった方がいいな。」と思いますよね。

確かにこの論文は非常にインパクトがあり、ピロリ除菌の保険適応を拡げる上で非常に重要な役割を果たしたのですが、実は残念ながらみなさんのほとんどは65%減少に該当しません。

その点を誤解している医師もたくさんいるので注意が必要です。

 

どういうことかというと、この研究は「一度胃がんができて治療をした人」が対象になっているのです。

そういった人を除菌したら、2個目のがんができる頻度を減らすことができた、という内容です。

それが何を意味するかというと、

「ピロリ菌感染→慢性胃炎胃がんのリスク増大」という流れの中で、

慢性胃炎までにとどまっている人」に比べると、

「すでに一度発がんしている、発がんのリスクが一段階高い人」が対象になっているのです。

「リスクが高い」ということは、イコール「除菌による恩恵を受けやすい」ということなのです。

つまり、リスクが慢性胃炎レベルまでの人にとっては、そこまでの恩恵は見込めないのです。

 

では、多数派である慢性胃炎レベルの人は、ピロリ除菌によってどれぐらい発がんリスクを下げられるのでしょうか?

 

これは実はまだはっきりわかっていません。

 

「えっ、そうなの!?あんなに色んな所で宣伝されてるのに?」

と驚かれた方も多いと思いますが、残念ながら事実です。効果のほどについては「意味がない」というものも含めて、様々な報告がなされています。

ただしいまのところ専門家の間では、 およそ30ー40%発がんのリスクを減らせるのではないか、と見積もられています。(注2)

 

30ー40%と聞くと、「なんだ、たったそれだけか~」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、これは医療の世界では実は相当立派な数字なのです。

そしてこういった「転ばぬ先の杖」のような一見地道なことが、実はがん予防について一番賢明で、価値のある闘い方だと思います。

また、これはあくまで平均的にこれぐらいという数字です。年齢が若ければ若いほど、つまり慢性胃炎が軽ければ軽いほど、除菌のメリットは大きいと考えられています。

なぜなら、「ほとんど生卵」という正常に近い状態をこの先もキープすることができるからです。

 

 

3.除菌には副作用もありうる

 

さて、ここまでは除菌のメリットを解説しましたが、実は副作用などのデメリットにも目配りが必要です。

 

除菌をする場合には「抗生剤2種類」と「胃酸を抑える薬1種類」の合計3種類を1週間内服します。

それなりに強い薬ですので、下痢・軟便が10ー20%、味覚異常・口内炎が5ー15%、アレルギーによる湿疹が2ー5%あると報告されています。(注3)

 

またここで強調しておきたいのは、除菌によって逆流性食道炎になる可能性があることです。

 

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「ピロリ除菌で胃がんが減っても、食道がんになったら意味がない!」と思った方、その通りです。

でも、ピロリ除菌が食道がんにダイレクトにつながるわけではありません。その間にいくつか関所があります。

1.除菌で胃酸が増えても、それは「減っていた胃酸が正常に戻るだけ」であること。

2.ご飯が美味しくなっても、体重が増えないようにすること(これはごく一般的なことですね)。

3.もし逆流性食道炎になったら、胃酸を抑える薬でコントロールできること。

4.食道がんのリスク因子を避けること(一次予防。食道がんの各論でしっかり説明します)。

などです。

 

やっぱりどの立場からどの段階で考えても、一次予防の重要性というのは揺るがないようです。

(文・イラスト 近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

注1

Fukase K, et al.; Japan Gast Study Group.

Effect of eradication of Helicobacter pylori on incidence of metachronous gastric carcinoma after endoscopic resection of early gastric cancer: an open-label, randomised controlled trial.  Lancet. 2008;372:392-7.

 

注2

Ford AC, et al.

Helicobacter pylori eradication therapy to prevent gastric cancer in healthy asymptomatic infected individuals: systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.

BMJ. 2014;348:g3174.

 

Li WQ, et al.

Effects of Helicobacter pylori treatment on gastric cancer incidence and mortality in subgroups.

J Natl Cancer Inst. 2014;106:dju116.

 

Wong BCY, et al.

Helicobacter pylori eradication to prevent gastric cancer in a high-risk region of China: A randomized controlled trial. JAMA 2004;291:187-94.

 

Ma JL, et al.

Fifteen-year effects of Helicobacter pylori, garlic, and vitamin treatments on gastric cancer incidence and mortality.

J Natl Cancer Inst. 2012;104:488-92.

 

注3

H.pylori感染の診断と治療のガイドライン 2016改訂版

ヘリコバクター・ピロリ菌という最重要課題

1.ほとんどの胃がんヘリコバクター・ピロリ菌が関与する

 

さて、胃がんのリスクを減らすためには、生活習慣の是正も欠かせませんが、なんといっても一番影響力の強い因子は、ヘリコバクター・ピロリ菌」です。

ピロリ菌については各種メディアで盛んに報道されていますので、どこかで名前を聞いたことがあると思います。

そしてその高い注目度の割に、ピロリ菌ほど正しく理解されていないものもないと言うほど、数多くの誤解が蔓延しています。

ピロリ菌について解説すること、そしてピロリ菌にまつわる様々な誤解を解くことは、本ブログの重要な目的の1つです。それぐらい胃がん検診に与えるインパクトが大きいのです。

 

ピロリ菌は胃の粘膜に感染し、炎症を起こします。これを慢性胃炎といいます。

これで止まっていればいいのですが、慢性胃炎が長期間続くと、胃がんが発生するリスクが高まってしまうのですWHO(世界保健機関)でもピロリ菌は「確実な発がん要因」に認定されています。

 

実際に、胃がんを起こした胃の粘膜にピロリ菌がいるかどうかを調べてみると、ほとんどが現在ピロリ菌陽性か、過去にピロリ菌に感染していたかのどちらかです。ピロリ菌に一度も感染したことがない方が胃がんを起こすことはめったになく、胃がん全体のおよそ1%にすぎないと考えられています。(注1)

 

ちなみに、ピロリ菌は胃がんだけでなく、その他にも様々な病気の原因となることが知られています。

ピロリ菌が引き起こす病気には、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、慢性胃炎、胃MALTリンパ腫といった胃や十二指腸に関連するものから、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)といって「血を固める作用を持つ血小板が減る」というどうしてその病気と関連するのか良く分からないものまであります。

これらの病気はピロリ菌を除菌することによって改善する可能性が高いので、もし該当する病気があってピロリ菌の検査をしたことがないのであれば、すぐにでも医療機関で検査することをお勧めします。

 

2.ピロリ菌は時限爆弾

 

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ということは、現在ピロリ菌が陽性の方の多くは、ごく最近になってピロリ菌に感染したわけではなく、5歳ぐらいからずっとピロリ菌が胃の中に住み続けているのです。

なぜ時限爆弾という表現を使ったかというと、ピロリ菌に感染してから何十年もたってから胃がんを起こすことがあるからなのです。

 

3.異常に高い日本人の感染率

 

日本人のピロリ菌感染率は非常に高く、人口の約半分が陽性と考えられています。(注2)

ただし感染率は年代によって差があり、年齢が若くなればなるほど少なくなっています。

これは日本の生活環境が清潔になってきたことによる結果だと考えられています。

 

多くの人が陽性なのだからピロリ菌は大腸菌のような常在菌であって、心配する必要はないと考えている方もいらっしゃいますが、これは全くの誤解です。

日本や韓国、中国は地理的な問題により、世界的に見てもピロリ菌の感染率が例外的に高く、それに伴って胃がんの患者数も非常に多くなっています。

その一方、欧米などの先進国ではピロリ菌の感染率、胃がんの患者数ともに著しく低くなっています。

つまり陽性者が多いから心配ないというわけでは全くなく、日本人たちが置かれ続けてきた状況が異常なだけなのです。

ちなみに、欧米では胃がんの患者数がとても少ないので、胃がん検診なんかやっていないという国も多いです。そしてそれをもって、「欧米では胃がん検診をやっていないから、日本でもやる必要はないんだ」という方が時々いますが、これはトンチンカンな因果関係の逆転ですのでご注意ください。

 

次回はピロリ菌が陽性だった場合にどうすればいいかについて解説します。(つづく)

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)

 

 

注1

上村直実 H.pylori未感染胃癌の特徴 消化器内視鏡学会雑誌56巻5号1733−1742

 

注2

Asaka M, Kimura T, Kudo M, et al. Relationship of Helicobacter pylori to serum pepsinogens in an asymptomatic Japanese population. Gastroenterology 1992;102:760–6.

タバコで胃がんのリスクが上がる!?

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1.胃はなんのためにあるのか

 

胃がんの患者数は、男性のがんの中で1位、女性で3位となっています。

また平成26年の胃がんの死亡数は男女合わせて約5万人(47903人)で、がんの中では肺がんに次いで2位になっています(がん情報サービス最新がん統計より)。

 

「治る」がんである胃がんが、がんの中で占める割合がいかに大きいかが良くわかります。そして正しいがん検診が広まれば、理論的には年間5万人のうちのほとんどの方を救えたはずなのです。冷静に考えると、これは本当にとんでもない話なのです。

 

さて、そもそも胃にはどんな役割があるのでしょうか?

 

1.胃は食道と十二指腸(小腸の一部)を結ぶ、袋のような臓器です。

食事の吸収を行うというイメージがあると思うのですが、それは実は主に小腸や大腸で行っており、胃はむしろ食事内容を一時的に溜めておく倉庫のような役割を持っています。

胃酸の分泌や蠕動運動によって食事内容をドロドロにし、小腸や大腸で吸収しやすい状態にしてから、少しずつ十二指腸へと送り出すのです。

 

2.胃酸には殺菌作用もあるので、食事に混ざった細菌を殺してくれます。

 

3.胃の粘膜から特殊な物質を分泌し、小腸での鉄やビタミンの吸収を助けるという役割もあります。

 

 

2.胃がなくなったらどうなるのか?

 

それでは、胃がんができて外科手術になった場合、どんな不都合が生じうるでしょうか?

手術後に胃の一部でも残ればいいですが、胃がんの大きさや場所によっては胃が全てなくなる全摘手術になってしまいます。そしてその場合には、前段で述べた胃の役割がすべて失われてしまうのです。つまり、

 

1.食事内容を溜められなくなるので、一度に食べられる量が減ってしまいます。「食事回数を増やして少量ずつ食べる」といった工夫が必要になります。

また、摂取したものが全ていきなり小腸に送り込まれることによって、冷や汗や動悸、嘔吐、腹痛、下痢などの症状が出ることがあります(ダンピング症候群といいます)。

 

2.胃酸の殺菌作用が失われるので食中毒になりやすくなります。

 

3.鉄やビタミンの吸収能力が落ちて貧血になります。

胃全摘後に何もしないでいると、必ず貧血になります。しかも半年~1年後に起きる鉄欠乏性貧血と、3年以上たった後に起きるビタミン欠乏性貧血の2種類があるのです。特に後者はビタミンの注射をしない限り絶対に改善しません。漫然と鉄剤だけを飲み続けていると重篤になることがあるので注意が必要です。

 

実は胃という臓器は全摘してもただちに生命の危機に直結するという訳ではなく、術後も比較的元気に過ごしている方が大勢います(みなさんの周りにもそういう方がいらっしゃるかもしれません)。

ただ上記のように特に食生活という人間のQOL(Quality of life;生活の質)に直結する問題が生じてしまいます。

やはり胃がんはとにかく早期発見し、一部分でも胃が残るような手術方法を選択できるようにするか、できることなら内視鏡治療で完治させたい病気なのです。

 

 

3胃がんのリスクを上げるもの

 

では何をすると胃がんのリスクが高まってしまうのでしょうか?

IARC(国際がん研究機構)や国立がん研究センターによれば、「生活習慣」における明らかな原因として、

 

「野菜不足」、

「果物不足」、

「塩分の過剰摂取」、

そして

「タバコ」

 

が挙げられています。

特にタバコは胃がんのリスクを1.6倍に高めます。

 

「えっ、タバコは肺がんのリスク因子じゃないの?」と思った方も多いでしょう。

タバコは肺がんとの関係ばかりがクローズアップされており、そのせいであたかも肺がんだけに関係するという誤解が蔓延しています。

 

タバコが肺がんのリスク因子であることは間違いありませんが、実は胃がんのリスク因子でもあるのです。そして、それだけにとどまりません。

「肺がん」、「胃がん」の他に、

 

「口腔がん」、

咽頭がん」、

喉頭がん」、

食道がん」、

「大腸がん」、

膵臓がん」、

「肝臓がん」、

「腎臓がん」、

「膀胱など尿路系のがん」、

「子宮頚がん」、

「鼻腔・副鼻腔のがん」、

卵巣がん」、

「骨髄性白血病」、

 

と、計15種類のがんのリスク因子でもあることが分かっています!

 

そしておそらく、15種類に関係するということは、現時点ではデータが不足しているだけであって、実際は「ほとんどすべてのがんに関係する」と考えたほうが正しいのかもしれません。

 

いずれにしても、タバコの怖さがよくわかると思います。

最近は禁煙をサポートする薬も出ていますので、喫煙されている方はぜひ禁煙にトライしてほしいと思います。

 

 

4ヘリコバクター・ピロリ菌という最重要課題

 

さて、胃がんのリスクを減らすためには、上記のような生活習慣の是正も欠かせませんが、なんといっても一番影響力の強い因子は、ヘリコバクター・ピロリ菌」です。(つづく)

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)

がんとは闘わない方がいいという誤解

1.ここまでのまとめ

 

さて、総論が大変長くなりました。

ここまでの内容をざっとまとめてみます。

 

日本人の死因は、1981年以降~現在に至るまで「がん」が他の疾患を大きく離して第1位となっています。日本人の3人に1人はがんで亡くなっています。

また、高齢になればなるほど発がんのリスクというのは高まるので、日本人の高齢化と相まって、じつに2人に1人は生涯のうちに何らかのがんにかかるといわれています。

 

しかし、一口にがんと言っても、さまざまな特徴を持ったがんを全て同列に扱うことはできません。

そしてそれは、「発見しやすく、治療のしやすい臓器にできた比較的おとなしいがん」であれば、「治る」がんがあることをも意味しています。

 

事実、罹患率(がんになる方の数)は高いのに、死亡率(がんで亡くなった方の数)が低い、つまり「治る」がんが複数あるのです。

その最たるものが胃がん「大腸がん」です。ステージI期(早期に発見できたということ)の5年生存率を見ると、胃がんは97.2%、大腸がんは99.0%と、非常に高い値を示しています。胃がんと大腸がんは、早期に発見できればほぼ確実に「治る」がんなのです。

 

また、ここで大事なポイントは、胃がんと大腸がんの患者数が多い、ということです(全がん中、胃がん1位、大腸がん2位)。

いくら「治る」がんなんだと言っても、頻度の少ないあまりに珍しいがんであれば個人的にも社会的にも恩恵はあまりないかもしれません。

他方、患者数が多いのであれば、それは単純に自分がなる可能性も高いので注意が必要ということです。

 

このようにすべてのがんは「治りやすさ」と「患者数」の2つの尺度で考える必要があります。

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そして、患者数の「多い」、「治る」がんから優先的に切り崩していく、というのが正しい姿勢です。

 

さて、「治る」がんをタイミングを逃さずに「治す」ためには、みなさんが能動的に押さえなければいけない2つの大事なポイントがあります。

それは、

1    がんになりにくい体質にする(=リスク因子を除去する)

2    検査でがんを早期に見つける

この2つです。

専門的には前者を「一次予防」、後者を「二次予防」といいます。

 

二次予防はいわゆるがん検診に相当します。どんな検査があって、それぞれの特徴、有用性、適正間隔はどうなのか。各論できちんと解説していきます。

 

一次予防には「生活習慣」(タバコ、肥満、etc…)と感染症」(肝炎ウイルス、ヘリコバクター・ピロリ菌、etc…)があります。

生活習慣の是正と感染症の予防・駆除が一次予防の中心です。

しかし一次予防というのは、ともすれば ハードルが高いという印象を持たれがちです。

なぜなら生活習慣の是正、つまり食事や嗜好品という非常に根源的な欲求をコントロールするためには、それなりの自制心が必要になるからです。

また、なんらかの災いを一次予防によって回避できたとしても、それを「ああ、避けられてよかったな」と実感することは理論上誰にもできないため、その意義が軽視されがちなのです。

実感できないことの価値を認めて、きちんと実行していくというのは、とても難しいことです。

 

それでも、もし一次予防がきちんとなされれば、理論的には男性のがんの55%、女性の30%は予防可能とも言われています。やはり一次予防というのは、がんを遠ざけて健康な生活を送る上で、必要不可欠な戦術なのです。

 

また、自分が持っているがんのリスク因子を認識することは、どの検査(二次予防)をどのぐらいの間隔で受けるかを決める上で重要な指標になります。

つまりリスク因子が多ければ「検査は定期的にきちんと受けた方がいい」ということになるし、少なければ「ある程度間隔を置いてもがんを見逃す可能性は小さい」ということになるのです。

一次予防と二次予防の重要性は分かちがたく密接に関わりあっているのです。

 

そしてがん対策は若いうちから始めるのがベストです。

なぜかというと胃がん、大腸がんは30歳代~40歳代といった比較的若い世代から頻度が増加するがんなのです。 

もしも若くして進行したがんができてしまったら、子供が小さかったり、保険などの備えが十分でなかったりして、本人はもとより、その家族も非常に困難な状況に陥る可能性があります。

決して他人事とは考えずに、若いうちから自分の体と向き合っておく事はとても大切なことなのです。

 

 

2.闘いのイニシアチブを握ろう

 

以上のように、患者数の「多い」、「治る」がんなのに、がんであるからという理由で一方的に降伏するのは間違いです。

他方、患者数が多いのであれば、それは単純に自分の身に起きる可能性も高いことを意味します。より身近な問題として留意する必要があるのです。

(「患者よ、がんと闘うな」の近藤誠氏の「がんもどき理論」は非合理的な空論です。早期発見、早期治療の重要性は揺らがないので、くれぐれも惑わされないようにご注意ください。)

blog.medicalxandy.com

 

確かに、がんとの闘いにも色々な段階がありえます。

たとえば、胃が痛い、貧血がある、下血があったなどの症状でがんが見つかったとします。

自覚症状が出るまで成長したがんを、内視鏡治療で完治させることは一般的に困難です。

手術で治れば、もっけの幸いです。

もう少し進行していれば、抗がん剤での治療になるでしょう。薬の副作用をコントロールし、がんの苦痛を緩和する治療を並行して行います。

さらに進行していれば、がんに対する治療は行わず、苦痛を緩和する治療だけに絞ることになります。

がんに不意を突かれて攻め込まれてしまった場合、どのような闘いになるとしても、こちらの対応はどうしても受け身になってしまい、闘いのイニシアチブを握れない場合が多いのです。

 

しかし、私の提案したい闘いというのは違います。それは、みなさんから能動的に攻め込む闘いです。

つまり、

「患者数の多い、治るがんにフォーカスする。」

「それに関する様々かつ深刻な誤解を払拭する。」

「個別の、そして適切な一次予防、二次予防を行う。」

その結果、

「安心して生活を思いっきり楽しむ。」

こういった、より理性的、戦略的で、全体を俯瞰しながらコントロールした闘いのことなのです。

これも立派な闘いです。

そして、イニシアチブは完全にあなたが握っていて、勝つことがほぼ決まっているのです。この静かな闘いを、ぜひやり遂げてほしいと願っています。

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3.次回から取り上げるがんについて

 

さて、いよいよ次回から各論に入ります。

 まずは胃がん(患者数:男性1位、女性3位)と大腸がん(男性2位、女性2位)に焦点を当てて解説いたします。

 

また、現状では患者数が極端に多いわけではありませんが、同じく消化管の「治る」がんであり、今後、患者数が多くなることが予想される食道がん(男性6位、女性13位)についても同様に解説いたします。(つづく)

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)

がんで死ぬことは絶対いけないのか?

1.がんの治療は体に負担がかかる?

 

前回、「本物のがんは治らない」というがんもどき理論の非合理性について解説しました。

やはり、がんは早く見つければ見つけるほど治っています。

 

ここでもしかすると、「治療をすることによって体に大きな負担がかかり、むしろ寿命を縮めるのではないか」と心配される方がいるかもしれません。

 

しかしそれも誤解です。早期の胃がんや大腸がんの場合、内視鏡治療だけで完治する場合も非常に多いのです。

内視鏡治療というのは、内視鏡の先端から一種の電気メスを出して、早期がんを切除するという方法です。

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図1 EMR(Endoscopic mucosal resection)内視鏡的粘膜切除術

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図2 ESD(Endoscopic submucosal dissection内視鏡的粘膜下層剥離術

図1、2といった複数の方法がありますが、いずれにしても胃や大腸の中で治療が完結し、開腹手術のように体の表面に傷は残りません。

体への負担は最小限で済みますし、コンスタントに治療を行っている病院であれば、問題になるような合併症が起きる危険性は非常に低いです。

特に日本人は手先が器用なので、内視鏡治療のレベルは世界一といっても過言ではありません。

 

また、ここで大事な注意点です。内視鏡と腹腔鏡を混同している方がよくいらっしゃいますが、これは全く別モノです。

 

腹腔鏡の治療というのはお腹に数か所の穴をあけてカメラや電気メスを入れ、胆石や胃がん、大腸がんなどを切除するという外科手術です。確かに外科手術の中では体に負担の少ない方法ですが、お腹を開けない内視鏡治療より負担がかかることは間違いありません。

 

治療方法は、どの段階でがんが発見されたかによって決まります。

早期に発見すればするほど、

 

開腹手術

  ↓

腹腔鏡手術

  ↓

内視鏡治療

 

と、より負担の少ない方法が選択できるようになるのです。

完治させることのみならず、負担の少ない治療方法を選択するという観点からも、早期発見は極めて重要なのです。

 

 

2.がんで死ぬということ

 

さて、ここでちょっと立ち止まって考えてみましょう。

ここまでがんを治すための話をしてきましたが、がんで死ぬということは、そんなに許されないことなのでしょうか?

 

身も蓋もない言い方をしてしまえば、人間はいつしか必ず死にます。

しかも、3人に1人ががんで死ぬ時代です。

その後は心疾患、肺炎、脳卒中と続きますが、結局は何が原因で死ぬのかという問題に集約されるだけと言うこともできるでしょう。

 

これは各個人の死生観によって違うと思いますが、心筋梗塞脳卒中

「死の恐怖を感じる時間もなくあっという間に死にたい」

という方もいれば、

「いやいや死ぬと分かればやり残していることもあるし、行きたい場所もある。身の回りをきちんと整理し、家族にもお別れを言ってから死にたい」

という方もいらっしゃるでしょう。

そして後者の方にとっては、ある程度時間の猶予を持つことができるがんというのは、最悪の選択肢ではないのかもしれません。

 

 

3.若くしてがんになるということ

 

ただし、そう思えるとしたら、それはそのがんが元々どうやっても完治の見込みのない、悪性度の高いがんだった場合に限るのではないでしょうか。

 

もしそのがんが胃がんや大腸がんのように、普段のちょっとした心がけで避けられたり、治ったりしたものであれば、やっぱり

「ああ、きちんとやっておけばこんなことにはならなかったのに…」

と後悔することになるかもしれません。

 

そしてさらにいけないことは、「治る」がんで、「若くして」死ぬことだと思います。

 

実は胃がん、大腸がん共に30歳代~40歳代といった比較的若い世代から頻度が増加するがんなのです。 図3はがんが見つかったときにどの年代だったかを示したグラフです(注1)。左が男性、右が女性です。

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乳がん、子宮がんの若さに目が奪われがちですが、胃がん、大腸がんも50歳未満が占める割合は決して低くはありません。特に、女性の大腸がんは、50歳未満が20%弱を占めています。 

 

ときどき、30歳代、40歳代の芸能人や著名人が、胃がんや大腸がんになったり、亡くなったりしたというニュースを目にすることがあると思います。

その年代でがんになることは決して珍しいことではありません。私も23歳で進行した大腸がんで亡くなった患者さんを経験しています。

 

もしも若くして進行したがんが見つかった場合、子供が小さかったり、保険などの備えが十分でなかったりして、本人はもとより、その家族も非常に困難な状況に陥る可能性があります。

若ければがんのリスクが少ないのは間違いありません。ただし、もしまんがいち発がんしてしまったら、その場合のダメージはとても大きいのです。

決して他人事とは考えずに、若いうちから自分の体と向き合っておく事はとても大切です。

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4.最後の瞬間のために

 

不謹慎なたとえかもしれませんが、人生はオセロゲームに似ていると私は思っています。

オセロゲームでは途中までどんなに優勢でも、一つの悪手がきっかけになってパタパタパタッと一気に裏返しにされて形勢が逆転する、ということがあります。

どんなに充実して毎日を過ごしていても、治る病気を見逃してしまったなど、何かのきっかけで人生が悪い方向に一変してしまい、残された日々を後悔ばかりするようになってしまえば、最後の瞬間にも自分の人生を肯定することはできないかもしれません。

最後の瞬間に、「ああ、自分は精いっぱいやった。自分の生をまっとうした」と思えるようにも、やはり治る病気は治さなくてはいけない、と私は思います。

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)

 

注1

2014年 人間ドック全国集計成績報告

がんもどき理論の非合理性

1. 近藤誠氏 の『がんもどき理論』

 

さて、ここであらかじめ言及しておかなくてはいけないことが一つあります。

 

『患者よ、がんと闘うな』の著者である近藤誠氏は、「がんを早期発見する必要性はない」と主張しています。そして残念なことにその主張に惑わされている方もかなりいるようなので、ここでその主張に対する反証を挙げておきたいと思います。

 

そもそも「がんを早期発見する必要性はない」と主張する理由は以下の通りです。

 

1 がんには「本物のがん」と「がんもどき」がある。

2 「本物のがん」は早期発見以前に他の臓器に転移しているから、元の病気を治療しても治らない。

3 「がんもどき」はいくら大きくなっても転移しないから放置しても大丈夫。

4 「本物のがん」は治療しても治らず、「がんもどき」は治療しなくてもいいから、結局すべての

がんは治療する必要がない。

 

というロジックです。ただし注釈、私見、例外がいくつかつきます。

 

*「本物のがん」と「がんもどき」は外見上の区別がつかない

*「がんもどき」はリンパ節転移をすることがあるが、それは転移として認めない。

*「がんもどき」が途中から「本物のがん」になることもある。

 

などです。

基本的にはすべて仮説から成り立っていて、このロジックを支える客観的な証拠はどこにもありません。

特に「*」注釈の部分がひどいです。都合が良いことこの上ないし、がんもどきが本物のがんと区別がつかず、本物のがんになることもあるのであれば、それは本物のがんの一種でしょう。がんもどき論争の過程で、矛盾を糊塗するために注釈でツギハギしつづけた、いびつな構造の理論だと思います。

 

つっこみどころはたくさんあるのですが、ここでは一番大事な点だけ反証しておきます。それは“2”の「本物のがん」は早期発見以前に他の臓器に遠隔転移しているから治らない、という部分です。この点だけは看過できません。がんもどき理論の非合理性を、胃がんを例にとって説明します。

 

 

2. 10年生存率で見えてくるもの

 

胃がん5年生存率 (注1)は、発見されたステージ別に、

I期 97.2%

II期 65.7%

III期 47.1%

IV期 7.2%

と発表されています。(「全国がん(成人病)センター協議会」ホームページより)

そもそもステージが早いほど生存率が高いこと自体が「早く見つけるほどがんが治っている」ことを示しているのですが、それは今は措いておきます。

 

さて、2016年1月に初めて10年生存率 (注2)が発表されました。それによると、

I期 95.1%

II期 62.7%

III期 38.9%

IV期 7.5%

です。

5年生存率とほぼ同様の傾向と言えるでしょう。

 

がんもどき理論からすると、この結果はおかしくないでしょうか?なぜなら「本物のがんは治らない」はずです。

つまり、I期で見つかろうが、II期で見つかろうが、III期で見つかろうが、「本物のがんは治らない」のだから、時間が経つにつれIV期の生存率に近づかなくてはいけないのです。

 

例えば10年生存率が、

I期 60%

II期 40%

III期 20%

IV期 5%

といったようにです。

しかし、実際にはそうはなっていません。

確かにIII期は進行癌なので低下していますが、I期とII期はほとんど変化していません。これは「治っているから」と解釈するのが常識的です。

 

この事実をがんもどき理論の立場でムリヤリ解釈しようとすれば、「I期で見つかった95%、II期の60%ががんもどきだったのだ。本物のがんはI期ではほとんど見つからないのだ。」と言うしかないでしょう(後付けにもほどがありますが)。

つまり、I期でみつかる95%はがんもどきなので、進行癌にはならないということです。

 

しかし、実はそれに対する反証もちゃんとあるのです。

早期胃がんを発見されたにもかかわらず、諸事情で治療を受けなかった方を経過観察したところ、そのうちの64.3%が進行がんに進展した、と報告されています。(注3)

やはり早期胃がんも放っておけば大半が進行癌になってしまうのです。I期の95%ががんもどきなのだとは、とても言えません。

 

 

3. がんもどき理論は「後出しジャンケン

 

以上のように反証をあげようと思えばあげられるのですが、ややまわりくどい印象を持たれたかもしれません。確かにがんもどき理論は反証しにくい理論です。それはなぜかというと、がんもどき理論はよく例えられるように、「後出しジャンケン」だからです。

 

これはどういうことでしょうか?

がんもどき理論では実際の診療がどうなるかを例にとって説明します。

 

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ここからは2つのパターンが考えられます。

 

パターンA

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パターンB

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いかがでしょうか?いずれのパターンであっても、とても納得がいくような説明ではないと思います。まさに「後出しジャンケン」そのもので、結果だけを見て後から自分に都合のいいように解釈しているだけなのです。

 

事前にどれががんもどきでどれが本物のがんか分かるというのであれば検討に値しますが、それすらできないのです。何もせずに様子を見るしかなく、前述したように早期の胃癌であっても、大半の患者さんは進行がんになっていくのです。

がんもどき理論は誰にとっても何の役にも立たちません。実用性ゼロの空理空論です。

 

 

4. 悪魔の不在証明

 

よく近藤誠氏は、「がんもどき理論が間違いだと言うのなら、それを証明せよ」と言いますが、それは全くのあべこべで、よりシンプルでダイレクトに説明可能な従来の医学界の考え方が間違っていて、ツギハギだらけのいびつながんもどき理論が正しいと言うのであれば、近藤誠氏の方こそそれを証明しなくてはいけないのです。地動説を唱えたコペルニクスや、地球が丸い事を証明したマゼランのように、新しい説で通説をひっくり返そうというのであれば、誰にでも分かる形でがんもどき理論を証明する必要があるのです。

 

(文・イラスト 近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

 注1

2004-2007年診断症例

 注2

1999-2002年初回入院治療症例

 注3

Tsukuma H, Oshima A, Narahara H, Morii T. Natural history of early gastric cancer: a non-concurrent, long term, follow up study.  Gut. 2000 Nov;47(5):618-21.