1.ほとんどの胃がんはヘリコバクター・ピロリ菌が関与する
さて、胃がんのリスクを減らすためには、生活習慣の是正も欠かせませんが、なんといっても一番影響力の強い因子は、「ヘリコバクター・ピロリ菌」です。
ピロリ菌については各種メディアで盛んに報道されていますので、どこかで名前を聞いたことがあると思います。
そしてその高い注目度の割に、ピロリ菌ほど正しく理解されていないものもないと言うほど、数多くの誤解が蔓延しています。
ピロリ菌について解説すること、そしてピロリ菌にまつわる様々な誤解を解くことは、本ブログの重要な目的の1つです。それぐらい胃がん検診に与えるインパクトが大きいのです。
ピロリ菌は胃の粘膜に感染し、炎症を起こします。これを慢性胃炎といいます。
これで止まっていればいいのですが、慢性胃炎が長期間続くと、胃がんが発生するリスクが高まってしまうのですWHO(世界保健機関)でもピロリ菌は「確実な発がん要因」に認定されています。
実際に、胃がんを起こした胃の粘膜にピロリ菌がいるかどうかを調べてみると、ほとんどが現在ピロリ菌陽性か、過去にピロリ菌に感染していたかのどちらかです。ピロリ菌に一度も感染したことがない方が胃がんを起こすことはめったになく、胃がん全体のおよそ1%にすぎないと考えられています。(注1)
ちなみに、ピロリ菌は胃がんだけでなく、その他にも様々な病気の原因となることが知られています。
ピロリ菌が引き起こす病気には、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、慢性胃炎、胃MALTリンパ腫といった胃や十二指腸に関連するものから、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)といって「血を固める作用を持つ血小板が減る」というどうしてその病気と関連するのか良く分からないものまであります。
これらの病気はピロリ菌を除菌することによって改善する可能性が高いので、もし該当する病気があってピロリ菌の検査をしたことがないのであれば、すぐにでも医療機関で検査することをお勧めします。
2.ピロリ菌は時限爆弾
ということは、現在ピロリ菌が陽性の方の多くは、ごく最近になってピロリ菌に感染したわけではなく、5歳ぐらいからずっとピロリ菌が胃の中に住み続けているのです。
なぜ時限爆弾という表現を使ったかというと、ピロリ菌に感染してから何十年もたってから胃がんを起こすことがあるからなのです。
3.異常に高い日本人の感染率
日本人のピロリ菌感染率は非常に高く、人口の約半分が陽性と考えられています。(注2)
ただし感染率は年代によって差があり、年齢が若くなればなるほど少なくなっています。
これは日本の生活環境が清潔になってきたことによる結果だと考えられています。
多くの人が陽性なのだからピロリ菌は大腸菌のような常在菌であって、心配する必要はないと考えている方もいらっしゃいますが、これは全くの誤解です。
日本や韓国、中国は地理的な問題により、世界的に見てもピロリ菌の感染率が例外的に高く、それに伴って胃がんの患者数も非常に多くなっています。
その一方、欧米などの先進国ではピロリ菌の感染率、胃がんの患者数ともに著しく低くなっています。
つまり陽性者が多いから心配ないというわけでは全くなく、日本人たちが置かれ続けてきた状況が異常なだけなのです。
ちなみに、欧米では胃がんの患者数がとても少ないので、胃がん検診なんかやっていないという国も多いです。そしてそれをもって、「欧米では胃がん検診をやっていないから、日本でもやる必要はないんだ」という方が時々いますが、これはトンチンカンな因果関係の逆転ですのでご注意ください。
次回はピロリ菌が陽性だった場合にどうすればいいかについて解説します。(つづく)
(文・イラスト 近藤慎太郎)
注1
上村直実 H.pylori未感染胃癌の特徴 消化器内視鏡学会雑誌56巻5号1733−1742
注2
Asaka M, Kimura T, Kudo M, et al. Relationship of Helicobacter pylori to serum pepsinogens in an asymptomatic Japanese population. Gastroenterology 1992;102:760–6.