1.ここまでのまとめ
さて、総論が大変長くなりました。
ここまでの内容をざっとまとめてみます。
日本人の死因は、1981年以降~現在に至るまで「がん」が他の疾患を大きく離して第1位となっています。日本人の3人に1人はがんで亡くなっています。
また、高齢になればなるほど発がんのリスクというのは高まるので、日本人の高齢化と相まって、じつに2人に1人は生涯のうちに何らかのがんにかかるといわれています。
しかし、一口にがんと言っても、さまざまな特徴を持ったがんを全て同列に扱うことはできません。
そしてそれは、「発見しやすく、治療のしやすい臓器にできた比較的おとなしいがん」であれば、「治る」がんがあることをも意味しています。
事実、罹患率(がんになる方の数)は高いのに、死亡率(がんで亡くなった方の数)が低い、つまり「治る」がんが複数あるのです。
その最たるものが「胃がん」と「大腸がん」です。ステージI期(早期に発見できたということ)の5年生存率を見ると、胃がんは97.2%、大腸がんは99.0%と、非常に高い値を示しています。胃がんと大腸がんは、早期に発見できればほぼ確実に「治る」がんなのです。
また、ここで大事なポイントは、胃がんと大腸がんの患者数が多い、ということです(全がん中、胃がん1位、大腸がん2位)。
いくら「治る」がんなんだと言っても、頻度の少ないあまりに珍しいがんであれば個人的にも社会的にも恩恵はあまりないかもしれません。
他方、患者数が多いのであれば、それは単純に自分がなる可能性も高いので注意が必要ということです。
このようにすべてのがんは「治りやすさ」と「患者数」の2つの尺度で考える必要があります。
そして、患者数の「多い」、「治る」がんから優先的に切り崩していく、というのが正しい姿勢です。
さて、「治る」がんをタイミングを逃さずに「治す」ためには、みなさんが能動的に押さえなければいけない2つの大事なポイントがあります。
それは、
1 がんになりにくい体質にする(=リスク因子を除去する)
2 検査でがんを早期に見つける
この2つです。
専門的には前者を「一次予防」、後者を「二次予防」といいます。
二次予防はいわゆるがん検診に相当します。どんな検査があって、それぞれの特徴、有用性、適正間隔はどうなのか。各論できちんと解説していきます。
一次予防には「生活習慣」(タバコ、肥満、etc…)と「感染症」(肝炎ウイルス、ヘリコバクター・ピロリ菌、etc…)があります。
生活習慣の是正と感染症の予防・駆除が一次予防の中心です。
しかし一次予防というのは、ともすれば ハードルが高いという印象を持たれがちです。
なぜなら生活習慣の是正、つまり食事や嗜好品という非常に根源的な欲求をコントロールするためには、それなりの自制心が必要になるからです。
また、なんらかの災いを一次予防によって回避できたとしても、それを「ああ、避けられてよかったな」と実感することは理論上誰にもできないため、その意義が軽視されがちなのです。
実感できないことの価値を認めて、きちんと実行していくというのは、とても難しいことです。
それでも、もし一次予防がきちんとなされれば、理論的には男性のがんの55%、女性の30%は予防可能とも言われています。やはり一次予防というのは、がんを遠ざけて健康な生活を送る上で、必要不可欠な戦術なのです。
また、自分が持っているがんのリスク因子を認識することは、どの検査(二次予防)をどのぐらいの間隔で受けるかを決める上で重要な指標になります。
つまりリスク因子が多ければ「検査は定期的にきちんと受けた方がいい」ということになるし、少なければ「ある程度間隔を置いてもがんを見逃す可能性は小さい」ということになるのです。
一次予防と二次予防の重要性は分かちがたく密接に関わりあっているのです。
そしてがん対策は若いうちから始めるのがベストです。
なぜかというと胃がん、大腸がんは30歳代~40歳代といった比較的若い世代から頻度が増加するがんなのです。
もしも若くして進行したがんができてしまったら、子供が小さかったり、保険などの備えが十分でなかったりして、本人はもとより、その家族も非常に困難な状況に陥る可能性があります。
決して他人事とは考えずに、若いうちから自分の体と向き合っておく事はとても大切なことなのです。
2.闘いのイニシアチブを握ろう
以上のように、患者数の「多い」、「治る」がんなのに、がんであるからという理由で一方的に降伏するのは間違いです。
他方、患者数が多いのであれば、それは単純に自分の身に起きる可能性も高いことを意味します。より身近な問題として留意する必要があるのです。
(「患者よ、がんと闘うな」の近藤誠氏の「がんもどき理論」は非合理的な空論です。早期発見、早期治療の重要性は揺らがないので、くれぐれも惑わされないようにご注意ください。)
確かに、がんとの闘いにも色々な段階がありえます。
たとえば、胃が痛い、貧血がある、下血があったなどの症状でがんが見つかったとします。
自覚症状が出るまで成長したがんを、内視鏡治療で完治させることは一般的に困難です。
手術で治れば、もっけの幸いです。
もう少し進行していれば、抗がん剤での治療になるでしょう。薬の副作用をコントロールし、がんの苦痛を緩和する治療を並行して行います。
さらに進行していれば、がんに対する治療は行わず、苦痛を緩和する治療だけに絞ることになります。
がんに不意を突かれて攻め込まれてしまった場合、どのような闘いになるとしても、こちらの対応はどうしても受け身になってしまい、闘いのイニシアチブを握れない場合が多いのです。
しかし、私の提案したい闘いというのは違います。それは、みなさんから能動的に攻め込む闘いです。
つまり、
「患者数の多い、治るがんにフォーカスする。」
「それに関する様々かつ深刻な誤解を払拭する。」
「個別の、そして適切な一次予防、二次予防を行う。」
その結果、
「安心して生活を思いっきり楽しむ。」
こういった、より理性的、戦略的で、全体を俯瞰しながらコントロールした闘いのことなのです。
これも立派な闘いです。
そして、イニシアチブは完全にあなたが握っていて、勝つことがほぼ決まっているのです。この静かな闘いを、ぜひやり遂げてほしいと願っています。
3.次回から取り上げるがんについて
さて、いよいよ次回から各論に入ります。
まずは胃がん(患者数:男性1位、女性3位)と大腸がん(男性2位、女性2位)に焦点を当てて解説いたします。
また、現状では患者数が極端に多いわけではありませんが、同じく消化管の「治る」がんであり、今後、患者数が多くなることが予想される食道がん(男性6位、女性13位)についても同様に解説いたします。(つづく)
(文・イラスト 近藤慎太郎)