『魔法のコンパス』 西野亮廣 (書評・近藤慎太郎)

漫才コンビキングコング西野亮廣によるビジネス書で、2016年に刊行されています。

 

魔法のコンパス 道なき道の歩き方

魔法のコンパス 道なき道の歩き方

 

 

著者は芸人としての活動の他に、絵本作家、校長先生、企業の顧問を務めたり、『レターポット』という有料のコミュニケーションサービスを立ち上げたりして、非常にマルチに活躍しています。

SNSクラウドファンディング、オンラインサロンなどを有効に活用し、インフルエンサーとしての地位を不動のものとしています。大きな企業に勤めるのではなく、現代的なツールを使って何か新しいことをやりたいという若い人たちにとっては、憧れのまとなのではないでしょうか。

 

そんな著者ですが、ちょっと前までは逆風が吹きまくっていたように記憶しています。

「番組のひな壇に出るのをやめる」

「テレビのCMには出ない」

「絵本をネット上で無料公開する」

などの発言、行動に対して、「何様だ」とか「クリエイターが食えなくなる」とか非難轟々でした。

 

それに対して、本書や、2018年刊行の続編『革命のファンファーレ』を読むと、問題視された発言や行動の経緯や意図が丁寧に説明されています。

  

革命のファンファーレ 現代のお金と広告

革命のファンファーレ 現代のお金と広告

 

 

後付けの部分もなくはないかもしれませんが、一応筋の通った著者なりの意図があったことがわかります。

 

私がここで改めてもう一度、繰り返し繰り返し怖いなと思うのは、やはりメディアの情報の伝え方です。

一連の文脈の一部、もしくは表層だけを切り取って、キャッチーなものに仕立て上げる。その結果、たとえ意図が真逆の方向に伝わったとしても関知しない。そこに悪意が存在することだって、例外的だとしても、なくはない。

現代において何かを広く発信しようという人は、自分の意図がネガティブに編集される可能性にも目を配りながら進まなくてはいけないのですね…。

 

もっとも、著者は実に強靭なメンタルと絶妙のバランス感覚を持っているのでしょう。様々な逆風も、ドラゴンボール魔人ブウの様に吸収し、その勢いを使ってステージを何段か上がった様に見受けられました。炎上商法とまでは言いませんが、この辺りはとても現代的な展開だなと思わずにはいられません。

非常に興味深く、参考になる一冊でした。

 

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

『限りなく完璧に近い人々』 マイケル・ブース (書評・近藤慎太郎)

この本,非常に面白かったです。

 

限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?

限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは世界一幸せなのか?

 

 

著者はイギリス人のトラベルジャーナリスト,フードジャーナリストです。

家族で日本を旅行しながら、著者独自の感性で全国各地の美味しいものを食べ歩いた記録『英国一家、日本を食べる』が日本でもベストセラーになったので、ご存知の方も多いと思います。

 

英国一家、日本を食べる 上 (角川文庫)

英国一家、日本を食べる 上 (角川文庫)

 

 

今回、著者がターゲットとして選んだ国は、『北欧』。

本書ではデンマークノルウェーフィンランドスウェーデンアイスランドを加えた5カ国を対象としています。

いずれも、様々な社会学的な調査で高い評価を得ている国ばかりです。

充実した社会保障制度、公共サービス、男女平等、教育、幸福度・・・などなどで上位を独占する事もあります。

少子高齢化を迎える日本も、北欧に習って様々な政策を進めるべきなのではないかと言われています。

 

しかし、これらの国々は本当にそんなに素晴らしいのか?

国民は心から満足しているのか?

重い税制についてはどう考えているのか?

そこに自己欺瞞は無いのか?

 

著者が各国へ赴き、時には住み、様々な人にインタビューしながら、その知性とイギリス人らしいひねくれたユーモアで、ぶった斬っています。

 

乱暴な言い方をすると、北欧というのは「似たような国の集まり」というイメージがあると思います。

しかし本書を読むと、確かに非常に強固な共通点があるのは間違いありませんが、やはりそれぞれに明確な個性があることが分かります。

宗主国だったスウェーデン、それをライバル視するデンマーク、きわめて深刻な経済危機を起したアイスランド、莫大な量の石油を掘り当てて潤沢な資産を持つノルウェー、マッチョ思想が根強いフィンランド・・・。

更には、お互いの国に対して、歴史的な背景に根差した非常に複雑な愛憎、偏見、嫉妬などが渦巻いていることも分かります。

 

その一方で、共通点をごくごく簡単に総括してしまえば、北欧を北欧たらしめているのは、

バイキング時代にまでさかのぼる平等主義と同調圧力

自慢や野心を恥ずべきこととし、自分のおかれた立場に感謝、満足するという国民性、

そして自分以外の大多数の人々も同じような価値観を持っているという同質性、

といえるでしょう。

そしてそれがウラハラにも、現在の北欧の様々な問題点の原因ともなっています。

つまり、行き過ぎた同調圧力、社会的な閉塞感が自殺者や向精神薬の処方数の多さにつながり、

アメリカを始めとする新自由主義の世界的潮流が社会的な格差を増大させ、

移民問題が同質性を損ない始めているのです。

北欧はほころび始めていると本書は警鐘を鳴らします。

それらを乗り越え、今後も北欧は北欧らしくあり続けることができるのでしょうか?

 

北欧の行く末は日本にとっても他人事ではありません。

本書を読んでつくづく思ったのは、もちろん歴史的な経緯など相違点も沢山ありますが、それを差し引いてもやっぱり無視できないほどの、北欧の人々と日本人の共通点の多さでした。

ほころび始めているという点でも同様でしょう。

お互いがお互いから学ぶべき点は多々あると感じました。

 

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

『蜜蜂と遠雷』 恩田陸 (書評・近藤慎太郎)

以前、本ブログで森絵都の『みかづき』を取り上げました。

 

 

読了後、なんて素晴らしい作品なんだと感銘を受けました。

スケールの大きさ。

明確に、そして深く書き分けられた登場人物たち。

起承転結と静かな感動。

特に文句の付け所のない大作で、本作品は2017年度の本屋大賞の2位になっています。

「これで1位じゃないんだ…。じゃあ1位はどんだけ傑作なんだ?」と思って手に取ったのが、2017年度本屋大賞1位で、今回取り上げる『蜜蜂と遠雷』です。

  

蜜蜂と遠雷

蜜蜂と遠雷

 

 

本作をごく簡単に言えば、ピアノコンクールに集まった若い音楽家たちの葛藤と成長を描いた物語です。

主な登場人物はこの4人です。

 

風間塵(15歳):養蜂家の父と一緒に世界を転々としながらピアノを弾く少年。偉大な世界的音楽家にごくプライベートに指導されていたのでまったくの無名だが、天才的な素質を持っている。

栄伝亜夜(20歳):かつては天才少女と呼ばれ、CDデビューやコンサート活動も行っていたが、母の死去以来ピアノを引く目的を見出せなくなってしまい、音楽活動から遠ざかっていた。

マサル・C・レヴィ=アナトール(19歳):ジュリアード音楽院出身で、天才的な音楽センスと技術に加え、完璧なルックスを持っている。

高島明石(28歳):サラリーマン勤務のかたわらコツコツとピアノを弾き続けた苦労人。

 

いかがでしょうか?

「天才多いな…」と思いますよね。(笑)

4人目のキャラクターがいなかったら、物語に締まりがなくなっていたでしょう。

ただ、基本的には上記の天才3人にフォーカスが当たって物語は展開していきます。

毒のある人物はおらず、対立や苦悩もほとんどありません。「なんだか少女漫画みたいな設定だな」と思います(それも偏見かもしれませんが)。

みかづき』の方が好みだな…と思いながら読み進めていましたが、途中から大変な勘違いをしていることに気が付きました。

 

以前取り上げた『BLUE GIANT』も同様ですが、本作品も音楽がテーマなのに音が聞こえないという宿命を背負っています。

 

 

本作品が凄いのは、さらにキャラクターごとに、描写だけで音色を書き分けるという離れわざに挑戦していることです。私を含めて、読者の中にはクラシックの素養がない人もたくさんいると思いますが、そういう人たちにもある程度の説得力を持って描写していく力量には舌を巻きます。魔術的と言ってもいいです。

しかも予選が一次から始まって、二次、三次、そして本選と4回も同じようなセッティングで延々と書き分けていくのです。

つまりこの作品は、作者が自ら何重にも張り巡らしたハードルを、飛び越えて見せようとした、超弩級の実験的、野心的な作品なのです。

さすがに本選では多少の息切れ感があり、書き急いでいるように見受けられます(作者もどこかのインタビューで、連載が終わった時に、もう書かなくていいんだとホッとしたという趣旨の発言をしています)。

しかもこんなに特殊な作品が、本屋大賞1位という最大公約数的な評価にふさわしいのかどうかは私には分かりません。

しかし、これだけ困難な制約の中で、きちんとエンターテイメントとして成立せしめた作者の才能に、心からの賞賛を送りたいと思います。

 

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

『医療格差は人生格差(仮)』単行本化のお知らせ!!!

いつも当ブログを読んでいただき、誠にありがとうございます!

早いもので、ブログを始めてもうすぐ丸2年が経過します。

ここまで大過なく続けることができたのも、応援、ご協力いただいているみなさんのおかげです。感謝申し上げます。

 

ただ、ここ半年は日経ビジネスオンライン(NBO)での連載にかかりっきりになってしまい…。当ブログに十分力を入れることができなかったという忸怩たる思いもあります。

 

NBO連載記事は毎回文字通り全身全霊を込めて書いており、内容については、自分でもここまで書けるとは思っていなかったほど充実していると自負しています。

ただ、無料ではありますが会員登録をしないと通読できない場合もあり、一部の方には十分に満足していただけなかっただろうと思っています。

 

さて、そんなNBO連載ですが、先日がん検診編が一区切りつき、無事単行本になることが決定しました!!!

これも応援してくださったみなさまのおかげです。心から感謝申し上げます!

 

医療格差は人生格差 マンガで分かる賢いがん検診の受け方、使い方

医療格差は人生格差 マンガで分かる賢いがん検診の受け方、使い方

 

 

本ブログも、連載も、元々は「正しい医療情報が世の中に伝わっていない」という問題意識から始まっています。

そしてそれを裏付けるかのように、WELQ問題が発生し、世の中でも危機感の高まりを見せました。

しかし残念ながら、医療に限らず正しい情報を拾い上げるシステムを作り上げるという事は方法論的に極めて難しいことですし、実際に私たちは有効な手立てを見つけることができていません。危機感は風化しつつある、と感じています。

 

とはいえ、だからといって何もせずに諦めるという訳にもいきません。

ブログ、連載、そして単行本化は、共鳴してくださる方がいるからこそ実現できたものであって、その思いを裏切ることはできません。

これからも自分のなけなしの能力をフルに使って、コツコツと、焦らずに、でも止まることはなく、信じる道を進むだけです。

みなさまにも引き続き応援をいただければと思っております。

 

さて、単行本は、現在のところ7月ぐらいを目標に作業をしております。

タイトル未定、価格未定(おそらく1500円以内)ですが、Amazonではすでに予約が可能です。(暫定的に1728円の価格がついていますが、価格保証対象商品ですので、ご安心ください)

もしよろしければ、ぜひ予約をお願いいたします!!!

 

医療格差は人生格差 マンガで分かる賢いがん検診の受け方、使い方

医療格差は人生格差 マンガで分かる賢いがん検診の受け方、使い方

 

 

連載で解説した肺がん、胃がん前立腺がん、肝がん、食道がん、大腸がん、小腸がん、膵がん、乳がん、PET検査、血液がん検診に関して、

 

  • タバコを吸っている人は肺がん検診をどうすればいい?
  • 胃がん検診はバリウム胃カメラどっちがいい?
  • 前立腺がんはすべて治療が必要?
  • アルコールを飲み過ぎたらどうすればいい?
  • 肝臓のために採血で注意すべき項目は?
  • ピロリ菌の除菌でどんな病気が増える?
  • 大腸カメラの受け方は?
  • カプセル内視鏡で何ができる?
  • 怖い膵がんはどうすれば避けられる?
  • なぜ乳がんは見落とされることがある?
  • PET検査って本当に必要?
  • 血液がん検診ってどれぐらい有効?
  • がん検診って本当に意味がある?

 

…などなど、「表」も「裏」もすべて解説しています!我ながら、よくここまで網羅的に書けたなとびっくりしています。

そして、決して「がん検診をどんどん受けましょう!」というような単純な内容ではありません!

メリット、デメリット、注意点など、当事者だからこそ分かることをすべて赤裸々に解説しています。

また、単行本用に「特別書下ろし」として、前回も取り上げた子宮頸がんについても解説いたしました。

 

 

正しい医療情報をみなさんに伝えるという初心を忘れず、これからも誠心誠意頑張ります。

ぜひぜひ、引き続き応援いただければ幸いです。よろしくお願いいたします!!!

 

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

『10万個の子宮』 村中璃子 (書評・近藤慎太郎)

 

みなさんはHPVワクチン問題をご存知でしょうか?

 

子宮頸がんの発症に強く関連するウイルスであるヒトパピローマウイルス(HPV:Human Papillomavirus)は、ワクチン接種をすることによって、感染をある程度防ぐことができます。

しかし、接種することによって重い副反応が出たという報告が相次ぎ、HPVワクチンの接種は激しい議論の対象となってしまっているのです。

 

HPVには100種類以上のサブタイプがあり、そのうちの約15種類(特に16番と18番)が頸がんのリスクを上げることが分かっています。

それらに対して、日本では2価ワクチン(16、18番を予防)と4価ワクチン(6、11、16、18番を予防)が使用可能で、標準的には、中学1年生になる年度に合計3回接種します。

 

日本では、2010年にHPVワクチンが公費助成の対象となり、2013年から定期接種化されました。

しかし、ほどなく非常に重い「副反応」の報告が相次ぎ、同年6月に厚労省が「積極的な接種勧奨の一時差し控え」を決定し、5年以上経過した現在でもその状態が継続されています。

その結果、全国で約70%と非常に高かった接種率が、現在では1%以下まで落ち込んでしまっているのです。

世界的に見てもきわめて特異な状況になっており、WHOは「そのせいで頸がんの死亡率が上昇している」と日本を名指しで批判しているほどです。

 

前置きが長くなりましたが、本書『10万個の子宮』は、ワクチン接種と副反応の関係と、それがどうしてさしたる検証も経ないままに自明のこととして扱われていったのかということを、科学的に、そして徹底的に追求しています。

 

そこで私たちが目撃するのは、センセーショナルなニュースというものがいかに恣意的に、そして非中立的に作られ、とても多くの人々に瞬間最大風速的に強い影響を与え、その後の経過は顧みられない、ということです。

 

フェイクニュースをはじめメディアのあり方や、なんであれ正確な情報を入手する困難さについては、色んな場所で盛んに報じられています。しかし、私たちはいまだに有効な手立てを見つけることができていないし、今後も見通しは明るくないと言っていいのではないでしょうか。

聞きかじった情報、何となくの印象で、私たちがいかに多くの物事を判断しているかということを、ヒシヒシと感じさせてくれる一冊です。

 

内容については、私は多少違う考えを持っている(それに関しては近日中に改めて解説する機会がありそうです)のですが、筆者が様々な逆風の中で成し遂げたことに敬意を表したいと思います。

 

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

日経ビジネスオンライン第30回目は、『「がん検診」運用ルールは100点ではない』です!

日経ビジネスオンラインでの週刊連載、『医療格差は人生格差』。

「がん検診編」、とうとう最終回となりました!

 

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今回は、「境界病変」の問題を取り上げます。

医療は日進月歩の世界。CTやMRI内視鏡などの画像検査法も、⻑足の進歩を遂げており、今までならば発見できなかったようなごく小さな病変や、良性なのか悪性なのかはっきりしない病変が、多数見つかるようになりました。

 

それをどう適切に扱うかが、がん検診のもっとも重要な論点と言って過言ではありません。

ぜひ、ご一読ください。

 

さて、『医療格差は人生格差』は少しお休みをいただいて、「食事・運動編」として帰ってきます。引き続きよろしくお願いいたします~!

 

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

 

日経ビジネスオンライン第29回目は、『「がん検診は医学界の既得権益」論は本当か?』です!

日経ビジネスオンラインでの週刊連載、『医療格差は人生格差』。
前回に引き続き、「がん検診懐疑派への回答」を試みます。

 

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「~は既得権益のためにやられている!」というのはよくある主張ですが、ことがん検診に関しては、まったくの筋違いだと考えます。それはなぜでしょうか・・・?

 

ぜひ、ご一読ください!

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」