『みをつくし料理帖』 高田郁 (書評・近藤慎太郎)

もともと私は時代小説というものをあまり好んで読んではいませんでした。

読んだとしても、せいぜい司馬遼太郎池波正太郎どまりで、特に現代の作家によって書かれた時代小説はまったくと言っていいほど食指が動きませんでした。

 

その唯一の例外だったのが宮部みゆきの諸作品です。

 

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

 

 

<完本>初ものがたり (PHP文芸文庫)

<完本>初ものがたり (PHP文芸文庫)

 

 

もともとは『我らが隣人の犯罪』や『火車』といった現代を舞台にした小説から入り、そのストーリーテリングの巧みさ、ちょっとした描写の説得力に魅かれてファンになったのです。

 

我らが隣人の犯罪 (文春文庫)

我らが隣人の犯罪 (文春文庫)

 

 

火車 (新潮文庫)

火車 (新潮文庫)

 

 

未読の作品を漁っていくうちに、否応なく作者による時代小説を手に取るようになりました。そこでもやっぱり作者の才能は遺憾無く発揮されていて、素材によっておのずと舞台となる時代が決まるだけであって、エンターテイメントの質としては同等、もしくは現実社会のせせこましい制約がない分、空想の羽を広げやすい面もあるんだなと感じました。

 

その経験から、「食わず嫌いはやめよう」と思って少しずつ時代小説を読み始めた時に出会ったのが本書です。

 

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)

 

 

享和2年(1802年)、大阪の水害で両親を亡くし、天涯孤独となってしまった少女、澪。その水害で幼馴染の親友、野江も行方不明になってしまう。

 

すべてを失った澪だが、大坂一の名料理屋「天満一兆庵」に住み込みで働き始め、やがて天性の才能を発揮して、料理人として成長してゆく。

そんな折、店が貰い火で焼失してしまう。澪は母代わりの女将とともに、女将の息子をたよって江戸に出てくるも、息子は行方不明になってしまっていた。

 

ショックとつましい長屋暮らしで体調を崩した女将を支えながら、小さな小料理屋で働き始める澪。大阪と江戸の食文化の違いに戸惑いつつも、持ち前の才能と前向きさを発揮して、徐々に料理人としての評判を高めていく。

しかしそれをこころ良く思わない老舗料理屋「登龍楼」の嫌がらせが始まった…。

 

女将の息子に何があったのか?親友の野江はどこに?

 

「苦労の多い人生を耐えて前に進み続けれれば、必ず雲を突き抜けて青空が広がるという“雲外蒼天(うんがいそうてん)”の子」と易者に予言された澪。

果たして澪の運命はどうなるのか…?

 

というストーリーです。

最初は「おいおいそれ散々やり尽くされた王道ストーリーだよね?そんなベタな設定で大丈夫?こっちはそれなりにいろんな本読んでますけど…」と思いましたが、結論から言うとまったく問題ありませんでした。

メジャーリーガー級、100マイルオーバーの豪速球です。

もう完全にど真ん中のストレートですが、かすりもしません。

1巻を読み終えるまでに3回ぐらい泣きました。

 

本作品は多面的な魅力に溢れています。

まず、とにかく出てくる料理が本当に美味しそうです。

味わい焼き蒲鉾、とろとろ茶わん蒸し、かて飯、金柑の蜜煮…

「それ食べたい…」と何度思ったことか。

シンプルな料理なのだけれども、飽食になれた現代読者の夢想を喚起する。その描写力が見事です。

 

また登場人物たちがとても魅力的です。

一人ひとりのキャラがしっかりしていて、ふるまいやセリフにそれぞれ固有の説得力があります。

特に癇癪もちでいつも怒鳴り散らしている戯作者が最高のアクセントになっています。

 

そして山あり谷ありのストーリー展開と、並行して散りばめられる伏線の見事さ。伏線が見事過ぎて回収時にこちらが忘れているほどです(笑)。

あ、それがそうなって、これがこうなるの?みたいに、絡み合った事情がしかるべきところに収まっていきます。

そしてそれが意外性を持ちながらも、決して心情的に無理がないのです。

 

全10巻の長丁場で、ここまで細心の注意を払いながらすべてをコントロールしつくすとは、この作者、尋常じゃない完璧主義者とお見受けします。

 

1年以上かけてゆっくりゆっくり楽しんできましたが、とうとう読み終わってしまいました。

寂しい気持ちでいっぱいですが、作者による新シリーズが始まっていますので、今後はそちらを楽しみにしていきたいと思います。

 

あきない世傳 金と銀 源流篇 (時代小説文庫)

あきない世傳 金と銀 源流篇 (時代小説文庫)

 

 

 

(文・近藤慎太郎)

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」

がんで助かる人、助からない人 専門医がどうしても伝えたかった「分かれ目」