昨年、『文庫X』と称して正式タイトルを伏せられた文庫が書店で平積みになっていたのを覚えている方もいると思います。
そもそもは、とある書店員さんがその本の内容に強い感銘を受け、お客さんに手に取ってもらうためにはどうすればいいだろうかと考えたことが発端でした。
そこで思いついたのが「タイトルを伏せて中身を教えない」という、いわば逆転の発想だったのです。
これが功を奏してジワジワと売れ始め、そこから火がついてその手法のまま全国の書店に広がっていきました。
もうキャンペーンも終わっているようなのでネタバレしてもいいと思いますが、その中身がこれです。『殺人犯はそこにいる』
みなさん、足利事件が冤罪だったいうニュースを覚えていると思います。
幼女を三人殺したとされ死刑判決を受け、およそ17年間服役していた菅谷利和さんが、実際には犯人ではなかったという衝撃的な事件です。
決定的な証拠とされていたDNA判定が実は正確性の低いものであり、その後の再鑑定で別人のものである可能性が非常に高いことが判明しました。また菅谷さんの自供も、刑事や検察に暴力的に誘導されたものだったのです。
菅谷さん自身は判決後よりずっと無罪を主張していて、それを支援する人たちもいたのですが、事態は一向に進展していませんでした。
そんな中、DNA鑑定の誤謬を暴き、自分の足で関係者の証言を取り直し、冤罪であることを証明したのが本書の著者なのです。
なにせ1990年の事件です。関係者の行方も分からず、手掛かりも雲散霧消しています。しかも当時の捜査関係者は、保身のため非協力的な人ばかり。そんな不利な状況の中、著者と数人のスタッフだけで捜査結果をひっくり返し、真実を証明して見せたその行動力に脱帽です。
しかも著者が足利事件に関わるようになった、その動機が凄いです。
幼女が三人殺されたとされるその地域では、一定期間に実は四人の幼女が殺されていて、その他に一人が今も行方不明になっているのです。
別々の事件とされているそれらを、著者は同一犯によるものと確信しました。しかしそのうち二人の事件は菅谷さんが収監された後に起こっている。
…ということは菅谷さんは真犯人ではありえない。
真犯人をあばき出すためには、まず菅谷さんが真犯人ではないことを証明する必要があったので、第1段階として菅谷さんの冤罪を証明して見せたのです。
この人、本当に凄いと思います。
そして菅谷さんの冤罪を暴いた後には、当然真犯人を見つける必要があります。著者は真犯人に迫れるのでしょうか…?
これ以上はどうぞ本書を読んで確認してください。
この著者の行動力に感服するとともに、私が本書を読んで強く感じたのは、冤罪に代表されるように、「世の中にはあってはいけないことが普通に起きているんだな」ということでした。
なんらかのミスによって、一人の人間の人生をメチャクチャに破壊することがありうるという不条理性。
多くの人間がそれに加担しておきながら、だれも責任を取らないという異常性。
それがこのように現実の世界で起きていて、もしかしたら冤罪なのに今も服役している人がいるのかもしれません…。
その恐ろしさに暗澹たる気持ちになります。
冤罪事件がその最たるものでしょうが、おそらくこれはどの職種であってもありうることです。
命を扱う、もっともあってはいけない場所の一つである病院であっても、時々目を覆いたくなる医療ミスが起きているのは新聞等で報道されているとおりです。
私たちはだれしも、望むと望まざるとにかかわらず、他人の人生に関与しています。それは極端に言えば、少しずつであっても生死に関与している、ということです。
冤罪や医療ミスのように因果関係がはっきりしているものもあれば、何気なく相手に言った一言や取った行動、それらが実は相手の中に深く根を下ろし、その人にマイナスの影響を与え続けるということだってありえます(特に親子間でその傾向は顕著でしょう)。
それを100%避けるということは難しいことです。しかし、人と関わるとはそういうことなのだと、自戒も込めて強く感じています。
(文・近藤慎太郎)

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